「日本原子力発電」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
編集の要約なし
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
38行目:
日本原子力発電は、1957年5月に、[[電気事業連合会|電力会社]]の社長会で、電力会社9社が出資して『原子力発電振興会社』を設立する案が打ち出されたのがその始めである。この時に電力会社9社は、原子力開発は民間主体で行うことを考えており、当時の[[原子力委員会]]委員長であった[[正力松太郎]]はその方針を支持していた。
 
一方、同年7月には、国が主体となって設立された[[電源開発]]が原子力開発を政府主体で行う意見書を発表し、真っ向から対立することとなった。さらに、当時の[[経済企画庁]]長官であった[[河野一郎]]が[[日本国政府|政府]]主導の開発方針を支持し、正力と対立することとなった。
 
結局、正力が河野の意見を受け入れる形で、[[沖縄電力]]を除く電力会社9社80%、電源開発20%の出資によって、<!-- 特殊法人である(特殊法人である根拠が示されていないのでコメントアウト) -->日本原子力発電が設立された。