「世説新語」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
追記・修正
1行目:
『'''世説新語'''』(せせつ しんご)とは、[[中国]][[南北朝時代 (中国)|南北朝]]の[[宋 (南朝)|宋]]の[[劉義慶]]が編纂した、[[後漢]]末から[[東晋]]までの著名人の逸話を集めた文言小説<ref>文言小説とは、[[宋]]代以後の中国小説史の上で、大きな比重を占めてはいなかったために、形態名が与えられていなかったこの分野に対し、[[前野直彬]]が仮に付けた呼称である。[[平凡社]] [[中国古典文学大系]] 42 『閲微草堂筆記(抄) 子不語(抄) 他』 。解説 p.503 。</ref>集。今日『[[四部叢刊]]』に収めるものは上中下三巻に分かつが、テクストによってその巻数は二、三、八、十、十一等の異同がある。『[[隋書]]』「[[経籍志]]」によれば、もとは単に『'''世説'''』と称したようであるが、『[[宋史]]』「[[芸文志]]」に至ってはじめて『世説新語』の称が現れた。『世説新書』とも呼ばれる。{{wikisourcelang|zh|世說新語|世説新語}}
 
== 概要 ==
[[宋 (南朝)|宋]]の臨川王であった[[劉義慶]]は文芸を好み、多くの文学の士を集めては『[[集林]]』『幽明録[[:zh:幽明录|(中国語版)]]』などの書物を編纂した。『世説新語』もその一つであり、[[後漢]]末から[[東晋]]までの著名人の逸話を集め、その内容から三十六篇に分けて編纂したものである。それぞれの項目が「孔門四科」の徳行・言語・政事・文学を初めとしてジャンルごとに分類されている。基本的に小説集であり、史実とは言い難い話も少なくない。一方、この時代に生きた様々な人物の言動や思想を知り、同時代の世相を掴む上で貴重な書物と言え、取り上げられた人物が後代いかなるイメージを持たれていたかを推測することもできる。
 
成立の背景としては、後漢末期から行われるようになった人物評論([[月旦評]])が魏晋期の貴族社交界でも継承され、過去の人物に関する伝説を一書にまとめようとする機運が高まったことが挙げられよう。とりわけ中心的な主題となったのは「[[清談]]」である。いわゆる「[[竹林の七賢]]」に代表される[[老荘思想]]に基づいた哲学的談論が、当時の貴族サロンでもてはやされたことを裏付ける資料ともなっている。
63行目:
*第二十六 軽詆篇(他人を軽蔑し誹る行いをした人物の話)
*第二十七 仮譎篇(カケツ、他人をうまくあざむいた話)
*第二十八 黜免篇(チュツメン、左遷や免職に関する話<ref>有名な「断腸の思い」の故事の出典。</ref>
*第二十九 倹嗇篇(ケンショク、けちんぼの話)
*第三十  汰侈篇(タイシ、ぜいたくに関する話)
73行目:
*第三十六 仇隟篇(キュウゲキ、仇を恨んだ人物の話)
 
== 日本語訳注書 ==
{{wikisourcelang|zh|世說新語|世説新語}}
 
== 訳注書 ==
*[[目加田誠]]訳注 [[明治書院]]「[[新釈漢文大系]]」(全3巻)。全訳の原文・読み下し
**「新書漢文大系21 世説新語」(長尾直茂編、2003年)。抜粋訳・新書版
82 ⟶ 80行目:
*[[井波律子]]訳注 [[東洋文庫 (平凡社)|平凡社東洋文庫]](全5巻、2013年11月-2014年7月)
**「鑑賞中国の古典14 世説新語」([[角川書店]]、1988年)。旧版・抜粋訳
 
== 注・出典 ==
{{reflist|2}}
 
== 外部リンク ==
*[http://home.hiroshima-u.ac.jp/cbn/rikucho/shishuo/shishuo.htm 『世説新語』] (広島大学中国文学語学研究室のWebサイト)
 
{{DEFAULTSORT:せせつしんこ}}