「アントニー・ヒューイッシュ」の版間の差分

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桜螺旋 (会話 | 投稿記録)
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この計画の途中の1967年、彼の元で観測に携わっていた当時大学院生の[[ジョスリン・ベル・バーネル|ジョスリン・ベル]]が、後に最初のパルサーと判明する電波源を初めて発見した。
 
パルサーの発見を報告した論文は5人の共著で、ヒューイッシュの名前が筆頭でベルが2番目だった。この業績に対するノーベル賞はライルとヒューイッシュが受賞し、ベルは共同受賞者とはならなかった。このことは議論を巻き起こし、特にヒューイッシュの同僚の天文学者[[フレッド・ホイル]]は強く非難した。しかし大部分の人々は、この賞はライルとヒューイッシュが[[電波天文学]]の分野全般にわたって成し遂げた業績、特にライルの[[開口合成]]についての仕事とヒューイッシュのパルサーに関する仕事に対して贈られたものであるということを認識している
 
== その後の経歴 ==