「葛西裕一」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
編集の要約なし
21行目:
|}}
{{統合文字|葛}}
'''葛西 裕一'''(かさい ゆういち、[[1969年]][[11月17日]] - )は、[[神奈川県]][[横浜市]][[瀬谷区]]出身の元[[プロボクサー]]で、[[帝拳プロモーボク|帝拳ジム]]所属のグ・トレーナー経験者。174cm。
 
== 人物 ==
[[ブルース・リー]]にはまり格闘技好きに。中学時代に親友と一人の世界チャンピオンの影響でボクシングを始める。[[1987年]]、[[横浜中学校・高等学校|横浜高校]]2年時関東大会優勝、第42回国民体育大会優勝3年時に[[全国高等学校総合体育大会ボクシング競技大会|全日本高校]][[バンタム級]]チャンピオン。[[専修大学]]法学部中退<ref>[https://www.hochi.co.jp/sports/column/20170905-OHT1T50104.html 同学年のボクサー・葛西裕一さんの世界“再挑戦”] スポーツ報知 2017年9月5日</ref><ref>[https://www.facebook.com/kasai.teiken 葛西 裕一 フェイスブック]</ref>(アマチュア通算48戦44勝24RSC4敗、同級生に[[松本好二]]しマネージャー[[長野ハル]]からスカウト受け[[大場政夫]]の属していた[[帝拳プロモーション|帝拳ジム]]からプロデビュー。日本ならびに[[東洋太平洋ボクシング連盟|東洋太平洋]]ジュニアフェザー級(現・[[スーパーバンタム級]])王座獲得。無敗で世界挑戦、同級での世界挑戦も3度経験。最高世界ランキングはWBA1位 WB1位
 
その後
その後帝拳ジムトレーナーとして後進の指導に当たりながら[[西岡利晃]]、[[三浦隆司]]、[[五十嵐俊幸]]、[[下田昭文]]を世界王者にしている。日本テレビダイナミックグローブ、WOWOWエキサイトマッチなどで解説者としても活動している。
帝拳ジムトレーナーとして後進の指導に当たりながら、日本テレビダイナミックグローブ解説やWOWOWエキサイトマッチ解説やCSベストマッチセレクションや解説[[西岡利晃]]、[[三浦隆司]]、[[五十嵐俊幸]]、[[下田昭文]]を世界王者にしている。[[2013年]]に、帝拳がプロモートを担当する[[村田諒太]]【ボクシング】村田諒太が鮮烈デビュー、東洋太平洋王者にTKO勝ち
 
葛西に憧れ帝拳ジムに入門した[[大和心]]は横浜高校の6年後輩。元[[広島東洋カープ]]投手の[[高橋建]]は同級生。
[[松本好二]]とは横浜高校ボクシング部の同期で、共に専修大学に進学して中退し、同じ年にプロデビューしている。
最高位 WBA1位 WBC 1位
 
2017年に新しいボクシングジムを設立して独立した<ref>[https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2017/08/18/kiji/20170818s00021000111000c.html 葛西氏、ジム設立へ 世界王者4人育てた名トレーナー] スポーツニッポン 2017年8月18日</ref>。
 
==戦歴==
44行目:
*[[1997年]][[7月26日]]、3度目の世界挑戦。[[横浜アリーナ]]でセルメニョと再戦。最終・12回、王者の連打をまともに浴び、後頭部をキャンバスに強打する痛烈なダウン。ノーカウントで試合がストップされ、TKO負け。試合後、担架に乗せられ、そのまま会場近くの病院へ直行したが、幸い大事には至らず。結局、この試合を最後に[[引退]]。その後、[[9月26日]]、[[東京]]・[[後楽園ホール]]のリングに[[セコンド]]初登場。
*[[2008年]]度[[エディ・タウンゼント賞]]受賞
*2017年帝拳ジム円満退職し後任は自身の教え子[[西尾誠_(プロボクサー・トレーナー)|西尾誠]]。9月3日世田谷区の[[用賀駅]]前にフィットネスボクシングクラブをオープン。
 
== 戦績 ==
59 ⟶ 60行目:
*[[男子ボクサー一覧]]
*[[横浜市出身の人物一覧]]
*[[山口直子]]
 
== 外部リンク ==
* {{Boxrec|id=5615}}
* [http://glovestokyo.com/aboutus/ 代表挨拶 | 用賀ボクシングジム グローブス GLOVES Cardio BoxingGloves]
 
{{DEFAULTSORT:かさい ゆういち}}