「李之芳 (唐)」の版間の差分

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'''李 之芳'''(り しほう、?-[[768年]])は、[[中国]][[唐]]の皇族であり、唐の[[太宗 (唐)|太宗]]李世民の玄孫であり、[[高宗 (唐)|高宗]]李治の異母兄の蒋王[[李コン|李惲]]の曾孫であり、蔡国公李煌の孫である。父は左武衛将軍を務め蔡国公爵位を継承した李承祖である<ref>讀禮通考 (四庫全書本)/卷090</ref>。 字と号は未詳である。
 
[[開元]]末に彼は駕部員外郎に任命され、後日[[安禄山]]の推薦で、彼は[[范陽郡]][[司馬]]に任命された。後、[[安禄山]]が反乱を起こすと辞任し[[洛陽]]に帰還した。彼は以来、[[工部 (六部)|工部]][[侍郎]]、太子右庶子、[[宗正卿]]などを歴任した。[[広徳 (唐)|広徳]]初年(763年)、[[代宗 (唐)|代宗]]の皇命を奉じ彼は[[御史大夫]]に在職中[[使臣]]に任命、[[吐蕃]]に派遣された。しかし[[吐蕃]]国王に拉致されて、彼は2年間監禁されたが帰国した。以後[[礼部]][[尚書]]に任命されたが[[太子賓客]]に発令された。
 
[[768年]]の秋に死んだが、彼の死亡原因と年齢は不明である<ref>王国維,蔡元培《原典書坊合輯(全八)》(2010,広西師大社出版)</ref>。
 
== 関連項目 ==