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'''ジョン・フォーブス・ナッシュ・[[ジュニア]]'''(''John Forbes Nash, Jr.'' [[1928年]][[6月13日]] - [[2015年]][[5月23日]]<ref name="20150525NJ"> {{cite news |title=Famed 'A Beautiful Mind' mathematician John Nash, wife killed in taxi crash, police say |last=Ma |first=Myles |publisher = NJ.com |url=http://www.nj.com/middlesex/index.ssf/2015/05/famed_a_beautiful_mind_mathematician_wife_killed_in_taxi_crash_police_say.html |date=2015-05-23 |accessdate=2015-05-23}}</ref>)は、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]人の[[数学者]]。専門分野は[[微分幾何学]]であり[[リーマン多様体]]の研究に関して大きな功績を残している。なお、彼の証明した[[ナッシュ均衡]]が非常に有名であるため、[[ゲーム理論]]がナッシュのライフワークと思われていることもあるが、ナッシュがゲーム理論の研究に従事していたのは博士課程在学中とその後のわずか数年間だけである。
 
[[1994年]]にゲーム理論の経済学への応用に関する貢献により[[ラインハルト・ゼルテン]]、[[ジョン・ハーサニ]]と共に[[ノーベル経済学賞]]を、[[2015年]]に非線形偏微分方程式論とその幾何解析への応用に関する貢献により[[:en:Louis_Nirenberg|ルイス・ニーレンバーグ]]と共に[[アーベル賞]]を受賞した。
 
[[ハリウッド]][[映画]]『[[ビューティフル・マインド]]』は、彼の[[天才]]数学者としての偉業と成功、及び後の[[統合失調症]]に苦しむ人生を描いた作品であり、この面でも世間での彼の知名度は高い。
 
===研究者としての最盛期===
[[プリンストン大学]]博士課程在学中は[[ゲーム理論]]の研究を行い、[[1950年]]、[[非協力ゲーム]]に関する[[論文]] ''"Non-cooperative Games"'' で[[Ph.D.]]([[博士号]])を取得。この論文は[[アルバート・タッカー|アルバート・ウィリアム・タッカー]][[教授]]の指導の下に書かれ、後に[[ナッシュ均衡]]と呼ばれる非協力ゲームにおける均衡解に関する定義と特性が含まれていた。この頃にナッシュはゲーム理論に関する以下の三つの論文を発表している。
*"Equilibrium Points in N-person Games" (1950年、科学[[雑誌]][[米国科学アカデミー紀要|PNAS]]にて発表)
*"The Bargaining Problem" (1950年[[4月]]、経済学雑誌[[Econometrica]]にて発表)
== 参考文献 ==
* {{cite |title=A Beautiful Mind |year=1998 |publisher=Simon and Schuster |isbn=9781439126493 |author=Nasar Sylvia |ref=harv}}
** [[シルヴィア・ネイサー]] 『ビューティフル・マインド――天才数学者の絶望と奇跡』、塩川優訳、新潮社、2002年 ISBN 4105415018。
*ハロルド・クーン、シルヴィア・ナサー『ナッシュは何を見たか――純粋数学とゲーム理論』、落合卓四郎・松島斉共訳、シュプリンガー・フェアラーク東京、2005年
*[http://mathsoc.jp/publication/tushin/1101/nakayama.pdf#search='%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%B3' 書評『ナッシュは何を見たか』]
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