「フリードリッヒ・コールラウシュ」の版間の差分
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== 生涯 ==
[[リンテルン]]出身。父親の[[ルドルフ・コールラウシュ]]も物理学者であり、甥の[[オットー・コールラウシュ]]は内科医であった。[[フリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルク|エアランゲン大学]]と[[ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン|ゲッティンゲン大学]]で物理学を学ぶ。[[1870年]]から[[チューリッヒ工科大学]]、[[1871年]]から[[ダルムシュタット工科大学]]、[[1875年]]から[[ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルク|ヴュルツブルク大学]]、[[1888年]]から[[ストラスブール大学]]で物理学の教授を歴任した。
[[コールラウシュブリッジ]]を考案し、[[1870年代]]に種々の[[電解質]]溶液について[[電気伝導率]]を測定したほか、史上初めて[[超純水|純粋な水]]を精製し電気伝導率を測定している。
これらの実験から[[1875年]]にイオン独立移動の法則、[[1900年]]にコールラウシュの平方根則を見出し、今日では両者を併せて[[コールラウシュの法則]]と呼ばれている。
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