「意富比神社」の版間の差分
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==由緒==
社伝では、[[景行天皇]]40年(西暦[[110年]])、[[日本武尊]]の東征の折に当地で天照皇大神を祀り、東国平定の成就を祈願したのに始まると伝える。当時、当地の住民は日照りに苦しんでおり、日本武尊があわせて祈雨を念じると、雨が降り出したとも伝える。実際には、元々当社では地方の太陽神である「意富比神(大日神)」が祀られ、周辺の漁民
朝廷・将軍家などから崇敬を受け、[[源頼朝]]、[[徳川家康]]などが社領の寄進や社殿の造営・改修を行っている。近代では[[明治天皇]]、[[大正天皇]]、[[昭和天皇]]などの皇族も参拝に訪れている。
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