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'''北辛文化'''(ほくしんぶんか、{{lang|zh|北辛文化}}、{{ピン音|bĕixīn wénhuà}}, [[紀元前5300年]]頃 - [[紀元前4100年]]頃)は、[[中国]]北部([[華北]])山東省の[[黄河]]下流域で発見された'''[[新石器時代]]'''の文化である。
 
[[標式遺跡]]は[[1964年]]に山東省南部・[[滕州市]](当時は滕県)の官橋鎮北辛街道で中国社会科学院考古研究所により発見された北辛遺跡である。この遺跡は[[大汶口文化]]([[紀元前4100年]]頃 - [[紀元前2600年]]頃)の遺跡の下から発見された。その一部が[[1978年]]から[[1979年]]にかけて発掘された。
 
この文化の遺跡からは黄褐陶(砂混じりの土を低い温度で焼いた[[陶器]])や紅陶(きめ細かい泥を高い温度で焼いた陶器)でできた[[鼎]]などの調理器が発見され、一部ではさらに高い温度で焼いた灰陶や黒陶も出土している。[[石斧]]や石鎌などに用いた[[磨製石器]]や[[打製石器]]、骨角器なども発見された。