「宇仁貫三」の版間の差分

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*まれに、顔出しで出演することがある。
*長年東京の撮影所作品での担当が多かったが、東宝の作品を長年監督していた[[高瀬昌弘]]が松竹京都で鬼平を撮影するにあたり、[[太陽にほえろ!]]や江戸シリーズなどで共に仕事をした宇仁を東京から呼びよせ<ref>高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち P.180 </ref>、以降「剣客商売」などの松竹撮影所の作品にも関与している。
*2019年1月10日、死去。78歳没。
 
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== エピソード==
宇仁は二十代で三船敏郎と知り合い、後に三船プロに所属するが、独立した後も共に仕事を行い三船の晩年まで活動を共にした。三船と一緒に仕事をしたエピソードの一つとして、殺陣の撮影では三船の眼光の鋭さや迫力に押されてなかなか斬りにいけなかったという。<ref> 松田美智子「三船敏郎の栄光とその破滅」(月刊文藝春秋 2013年11月号) より、改訂され『サムライ 評伝三船敏郎』(文藝春秋、2014年)</ref>