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|画像=Nemanja Vidić.jpg
|画像サイズ=250px
|画像の説明=[[マンチェスター・ユナイテッドFC|マンチェスター・ユナイテッドU]]時代のヴィディッチ(2006 (2006)
|本名=
|愛称=ヴィダ、マン・オブ・スチール、ロボコップ、ヴィダ
|カタカナ表記=
|アルファベット表記=Nemanja Vidić<ref>{{PDFlink|[http://www.premierleague.com/content/dam/premierleague/site-content/News/publications/squad-lists/squad-lists-february-2012.pdf Premier League clubs submit squad lists]}} {{en icon}}</ref>
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|年3=2004-2006|クラブ3={{flagicon|RUS}} [[FCスパルタク・モスクワ|スパルタク・モスクワ]]|出場3=39|得点3=4
|年4=2006-2014|クラブ4={{flagicon|ENG}} [[マンチェスター・ユナイテッドFC|マンチェスター・ユナイテッド]]|出場4=211|得点4=15
|年5=2014-2016|クラブ5={{flagicon|ITA}} [[インテルナツィオナーレ・ミラノ|インテル・ミラノ]]|出場5=23|得点5=1
|クラブ成績更新日=2015年9月20日
|代表年1=2002-2011|代表1={{SRBf}}|代表出場1=56|代表得点1=2
|代表成績更新日=
}}
'''ネマニャ・ヴィディッチ'''(Nemanja Vidić, {{Lang-sr|Немања Видић}}, [[1981年]][[10月21日]] - )は、[[ユーゴスラセルビア]]([[セルユーゴスラビア]])・[[ウジツェ]]出身の元[[サッカー選手]]。ポジションは[[ディフェンダー (サッカー)|ディフェンダー]]。元[[サッカーセルビア代表|セルビア代表]]。
 
== 経歴 ==
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[[2004年]][[1月]]には[[ロシアサッカー・プレミアリーグ|ロシア]]の名門、[[FCスパルタク・モスクワ]]に移籍した。ヴィディッチはモスクワでも変わらぬプレーぶりを見せ、欧州でも注目の若手DFとして益々評価は高まった。
 
各国クラブが続々オファーする中、[[2006年]][[1月]]に[[プレミアリーグ]]の[[マンチェスター・ユナイテッドFC]]に移籍が決定。移籍金は約700万ポンド。移籍後はすぐにプレミアのサッカーにも順応し、[[リオ・ファーディナンド]]と鉄壁のCBコンビを形成。2007-08シーズンはチームのプレミアリーグ、CL[[UEFAチャンピオンズリーグ]]制覇に貢献。2008-09シーズンの[[FIFAクラブワールドカップ]]で準決勝の[[ガンバ大阪]]戦で先制点を奪うなど[[FIFAクラブワールドカップ]]優勝に貢献。プレミアリーグではチームの14試合連続無失点の記録を全試合に出場して築きあげ樹立するなど、リーグ屈指のディフェンダーとなった。リーグ3連覇や2年連続CL決勝進出にも貢献し[[PFA年間最優秀選手賞]]の受賞も有力視されたが、大一番となった[[リヴァプールFC]]戦で決定的なミスを犯したことなどから同僚の[[ライアン・ギグス]]に受賞を譲る。しかしその後、サポーターの選ぶチーム年間最優秀選手に選ばれた。
 
[[2014年]][[2月7日]]、2013-14シーズン限りでマンチェスター・ユナイテッドを退団することをクラブの公式サイトで発表した<ref>[http://www.goal.com/jp/news/74/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89/2014/02/07/4600903/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%81%E4%BB%8A%E5%AD%A3%E9%99%90%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%83%A6%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89%E9%80%80%E5%9B%A3%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A1%A8?ICID=HP_HN_1 ヴィディッチ、今季限りのユナイテッド退団を発表] - Goal.com 2014年2月7日</ref>。
 
[[2014年]][[3月5日]]、翌2014-15シーズンから[[セリエA (サッカー)|セリエA]]の[[インテルナツィオナーレ・ミラノ|インテル・ミラノ]]は2014年7月からの加入で契約合意に至ったすること発表され<ref>[https://jp.reuters.com/article/l3n0m300q-vidic-to-inter-idJPTYEA2500220140306 サッカー=マンUのビディッチ、インテルへ移籍] - ロイター通信 2014年3月6日</ref>。しかし、インテルでは背中や腰の負傷に悩まされて満足のいくプレーが出来ない時間が多く増え徐々に出場時間を減らしていった。2015-16シーズンはヘルニアの手術をするものの、ピッベンに帰ってく要員の域を出ることはなかった。2016年1月18日、インテルとの契約を解除<ref>[http://web.ultra-soccer.jp/news/view?news_no=229245 インテル、ヴィディッチとの契約を解消…「ネラッズーリの全ファミリーとインテルのティフォージに感謝」] - 超ワールドサッカー 2016年1月19日</ref>1月29日、現役引退を発表した<ref>[httphttps://www.manutdsoccer-king.jp/ja-JPnews/NewsAndFeaturesworld/FootballNewseng/201620160129/Jan/Vidic-announces-retirement396686.aspxhtml インテル退団のDFヴィディッチが現役引退「ケガが致命的なものに」] - サッカーキング 2016年1月29日</ref>
 
=== 代表 ===