「ブランシュ・ド・ブルゴーニュ」の版間の差分

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[[1308年]]、シャルルと[[コルベイユ]]で結婚した。
 
[[1314年]]に発覚した不倫スキャンダルにより、王太子ルイ(後の[[ルイ10世 (フランス王)|ルイ10世]])妃[[マルグリット・ド・ブルゴーニュ (フランス王妃)|マルグリット]]、姉[[ジャンヌ2世 (ブルゴーニュ女伯)|ジャンヌ]]とともに捕らえられ、[[ガイヤール城]]に幽閉された。彼女は身の潔白を訴え続けるが、シャルルは決して許さず、そのまま幽閉を続行させた。姉ジャンヌのみ許されて宮廷に戻り、ルイ10世の即位に伴い幽閉されたまま王妃となったマルグリットは翌年死去した。
 
[[1322年]]にシャルル4世が即位するとともに、マルグリットと同様に幽閉されたまま王妃となるが、同年5月に[[教皇|ローマ教皇]][[ヨハネス22世_(ローマ教皇)|ヨハネス22世]]から[[婚姻の無効|結婚の無効]]が許可されたため、称号は剥奪された。[[ポントワーズ]]の僧院で幽囚の身のまま1326年に死去した。1男1女をもうけていたが、幽閉中にいずれも夭逝した。