「呂範」の版間の差分

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容姿について「おしだし出しが立派で風采が上がった」と記している。
 
性格は威儀を好み、揚州の名族出身であった陸遜・全琮の如きから貴公子に及ぶまで、皆な敬意を修めて謙粛であり、軽脱しようとはしなかった、呂範に対しては丁重に振舞った。また豪奢で派手好きの性格になっており、咎める者もいたが、呂範は仕事に励み法律も尊重していたため、孫権は呂範の功績を尊び、その素行について咎めることはしなかった。孫権は若い頃こそドケチな呂範を嫌っていましたが、当主として信用するなら誰かという話となると、迷わず呂範に軍配を上げ、彼の忠勤と人柄を信任したのでした。
 
== 逸聞 ==
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