「イスラム教」の版間の差分

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#[[ハッジ|巡礼]](ハッジ)
 
これに、奮闘努力([[ジハード]]([[努力]]・[[聖戦]])を6つめの柱として加えようという意見もあるが、伝統的には上の5つである。
 
これらの信仰行為は、礼拝であれば1日のうちの決まった時間、断食であれば1年のうちの決まった月([[ラマダーン]]、ラマダン)に、すべてのムスリムが一斉に行うものとされている。このような行為を集団で一体的に行うことにより、ムスリム同士はお互いの紐帯を認識し、ムスリムの共同体の一体感を高めている。集団の一体感が最高潮に達する信仰行為が[[巡礼]](ハッジ)であり、1年のうちの決まった日に、イスラム教の[[聖地]]である[[サウジアラビア]]の[[メッカ]](マッカ)ですべての巡礼者が定まったスケジュールに従い、同じ順路を辿って一連の儀礼を体験する。
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また決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しむことができるとされている。<ref group="注釈">コーラン第56章10節から24節{{信頼性要検証|date=2017-08}}『(信仰の)先頭に立つ者は、(楽園においても)先頭に立ち、これらの者(先頭に立つ者)は、(アッラーの)側近にはべり、至福の楽園の中に(住む)。昔からの者が多数で、後世の者は僅かである。(かれらは錦の織物を)敷いた寝床の上に、向い合ってそれに寄り掛かる。永遠の(若さを保つ)少年たちがかれらの間を巡り、(手に手に)高坏や(輝く)水差し、汲立の飲物盃(を捧げる)。かれらは、それで後の障を残さず、泥酔することもない。また果実は、かれらの選ぶに任せ、種々の鳥の肉は、かれらの好みのまま。大きい輝くまなざしの、美しい乙女は、丁度秘蔵の真珠のよう。(これらは)かれらの行いに対する報奨である。』および56章27節から40節{{信頼性要検証|date=2017-08}}『右手の仲間、右手の仲間とは何であろう。(かれらは)刺のない[[スィドラ]]の木、累々と実るタルフ木(の中に住み)、長く伸びる木陰の、絶え間なく流れる水の間で、豊かな果物が絶えることなく、禁じられることもなく(取り放題)。高く上げられた(位階の)臥所に(着く)。本当にわれは、かれら(の配偶として乙女)を特別に創り、かの女らを(永遠に汚れない)処女にした。愛しい、同じ年配の者。(これらは)右手の仲間のためである。昔の者が大勢いるが、後世の者も多い。』、先頭のものとは最良のムスリム、右手の者とは一般のムスリムのことである{{要出典|date=2017-08}}</ref>
 
後述するジハードに関しても、[[過激派]]組織が自爆テロの人員を募集する際にこのような天国の描写を用いている場合が少なくないとされ、問題となっている。<ref>[http://www.asahi.com/special/MiddleEast/TKY200403250189.html 14歳が自爆テロ未遂、報酬2400円 パレスチナ ] 少年を勧誘するに当たり、『殉教すれば天国で72人の処女とセックスができる』と説いていた</ref>
 
しかし、これらの描写は比喩的なものに過ぎないという意見もある。また、処女とは間違いで、実際は白い果物という意味だという説もある。650年頃に編纂されたコーランの書かれた地域のアラビア語の方言と、現在使用されているアラビア語では、意味が違ってくることを理由としている。2005年にドイツのクリストフ・ルクサンブルクが、古代に書かれたコーランを古代アラブ・シリア語の語彙で解読すると、先述したように、意味が違ってくると主張している<ref>[http://web.archive.org/20060524194140/homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C394170269/E124450035/index.html ルモンド抄訳が finalvent さんに褒められた!]</ref>。
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=== 「ジハード」概念の問題 ===
{{Main|ジハード|イスラーム過激派|世界イスラム帝国|イスラム結束主義(イスラムファシズム}}
ジハードの語源は「苦闘・[[抗争]]・[[努力]]」であり、[[1880年]]頃から「あらゆる種類の[[教義]]的な[[聖戦]][[運動]]」を指す語になった{{sfn|Harper|2019|p=jihad}}。
 
ムスリムが“神のために苦しむこと、自分の欲望を断ち切って努力すること”をジハードというが、これは歴史的に見ても対外的侵略の口実として用いられることがあり、とりわけ預言者ムハンマドの時代から初期イスラーム帝国の時期にかけては、イスラーム共同体が全世界とその人民を支配下に置くのは宗教的義務であるとして、侵略戦争としてのジハードが行われ、現代のイスラーム世界の骨格となる領域が形成された{{要出典|date=2018年4月}}。また現在でもこのような論法により破壊行為が行われることがある。
 
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{{Reflist|3}}
 
== 参文献 ==
{{Reflist|3}}
* {{cite web
| last = Harper| first = Douglas
| title = Online Etymology Dictionary
| url = https://www.etymonline.com/word/jihad
| year = 2019
| accessdate = 2019-03-01
| ref = harv
}}
 
=== 関連書籍文献 ===
{{要出典範囲|イスラーム教を扱った日本語の文献は少なくなく、とくに近年は非常に活発に出版されている|date=2018年10月}}が、ここでは事典類、基礎的な入門書と、本項目に特に関連する文献を挙げる。
{{Columns-list|colwidth=15em|
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*中村廣治郎『イスラームと近代』岩波書店、1997年。
*中村廣治郎『イスラム教入門』岩波書店、1998年。
}}
== 関連書籍 ==
*『イスラムの建築文化』 アンリ・スチールラン著、神谷武夫訳 原書房 ISBN 4-562-02127-6
*『楽園のデザイン―イスラームの庭園文化』 ジョン・ブルックス著、神谷武夫訳 鹿島出版会 ISBN 4-306-09310-7
}}
 
== 関連項目 ==