「ウェイファインディング」の版間の差分
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1990年代になると、文化英雄として揺るぎない地位を築いたナイノア・トンプソンの語るソフトな[[エコロジー]]は、[[ニューエイジ]]の思想家・活動家からも注目を集め、日本でも[[星川淳]](翻訳家・現[[グリーンピース]]日本事務局長)や[[龍村仁]](映画監督)、[[内田正洋]](アウトドアライター)らがナイノア・トンプソンに接近してゆく。
この流れは2000年代に入るとさらに加速し、折からのハワイ・ブームや[[ロハス]]・ブームともリンクして、「スター・ナヴィゲーション」を巡る言説は完全にナイノア・トンプソンと「ホクレア」が中心となる。
== 日本における展開 == 1990年代末、ハワイのレジェンドサーファーの一人 荒木らは2006年4月から7月にかけ、沖縄島から九州島までの間をこの「海人丸」を用いた「スター・ナヴィゲーション」による航海に挑戦し、これを成功させている。この時の航法担当者は荒木であった。荒木は前出のナイノア・トンプソンとも親交を持っているが、航法を行った海域がナイノアの知るポリネシアとは全く異なる為、ナイノア流の近代ウェイファインディングをそのまま流用したわけではないようである。
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