「アメリカ同時多発テロ事件」の版間の差分

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== 事件の影響 ==
アメリカ同時多発テロは、[[アメリカ合衆国の政治]]、そして冷戦後の[[国際社会]]の大きな転換点となった。アメリカ同時多発テロ事件が勃発する前には、[[20世紀]]の「アメリカ合衆国国民の記憶に残る日」は、[[1963年]][[11月22日]]の[[ジョン・F・ケネディ暗殺事件]]、あるいは[[1941年]][[12月7日]]の[[真珠湾攻撃]]であった。これらに代わってアメリカ国民は、この[[2001年]][[9月11日]]をテロの脅威と共に永遠に記憶にとどめることになった。
 
[[ファイル:BushWolfowitz-050316.jpg|thumb|right|220px|「ネオコンの代表的人物」とされるブッシュ大統領とウォルフォウィッツ国防副長官]]
[[ファイル:Saudi Crown Prince Abdullah and George W. Bush.jpg|thumb|right|220px|ブッシュ大統領とサウジアラビアのアブドラ皇太子(当時)]]
また、アメリカ同時多発テロ事件は、外国の軍や過激派がアメリカ本土を襲撃した事件として、真珠湾攻撃と度々対比されている。真珠湾攻撃はアメリカ本土ではなく[[ハワイ]]が襲撃された事件であったが、アメリカ同時多発テロ事件はアメリカ'''本土'''が襲撃された事件という意味でも衝撃的な大事件ともなった(なお[[1942年]]には[[アメリカ本土空襲|日本海軍機がアメリカ本土を爆撃]]している)。しかも、真珠湾攻撃とアメリカ同時多発テロ事件は[[干支]]が同じ[[辛巳]]であり、「60年後の真珠湾攻撃」とも呼ばれた。2001年12月に開かれた真珠湾攻撃60周年のイベントでも、真珠湾攻撃とアメリカ同時多発テロ事件が一緒に言及された。
 
また、アメリカ同時多発テロの史跡は「[[グラウンド・ゼロ]]」と呼ばれているが、その由来となった[[日本への原子爆弾投下|原爆投下]]は、共に[[位取り記数法|記数法]]を変えると「[[新世紀]]」という点も近似する。アメリカ同時多発テロは[[十進法|十進数]]で「2001年」9月11日だが、原爆投下は[[六進法|六進数]]で「13001年」12月10日(広島)・12月13日(長崎)である。
 
アメリカ合衆国国内の世論は急速に先鋭化・[[超国家主義]]化したと言われ、[[新保守主義|ネオコン]](新保守主義)勢力が政治の舞台に全面的に登場。その世界で隆盛し、影響力を増大させた引き金ともなった。その後、アメリカ合衆国によるテロ支援国家への攻撃には国民の大半が賛同した。議会でも野党民主党が共和党のタカ派路線を容認する動きが目立った。事件直後、ブッシュ政権がアメリカ同時多発テロ事件へのイラクの関与をほのめかし、過剰なマスコミ報道によりそれが増幅された為国民の間にイラクとサダム・フセインに対する敵愾心が増大し、2年後の[[イラク戦争]]の呼び水となったと言われる。その後、独立調査委員会の調査でイラクの関与が否定され、ブッシュ大統領自身もそれを認めたにも関わらず、2005年3月の世論調査では、米国民の約60%が「イラクはアルカイダを支援していたと思う」と答えている。
 
一方、他の国ではアメリカ合衆国の方針に対して世論が二つに割れた。[[親米]]的な意見(アメリカ合衆国の主張)としては、これを基に世界中の[[独裁]]国家の自由民主化をすすめるべきだという意見などがある。特にブッシュ大統領が悪の枢軸とした[[イラク]]・[[イラン]]・[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]などで非自由民主的体制が猛威を振るっているとされる状況で、これを解決するべきだとの声もある。その後のアメリカ合衆国の対応を見ると、イラクやイランに対しては攻撃的な姿勢であるものの、表向き[[寧辺核施設]]無力化を受け入れた北朝鮮、大量破壊兵器を放棄した[[リビア]]、同盟国の[[サウジアラビア]]に対しては穏和な姿勢を持つなど、二重基準と批判する対応が目立つ。
 
[[反米]][[反戦]]的な意見としては、「自由の国アメリカ」のシステムを国外に普及させることを使命とするネオコン勢力の拡大は、政府の好戦的姿勢に反対する意見を言えない雰囲気を作り出しているとする声もあり、[[リバタリアニズム]]など反ネオコン陣営からの反発も高まっている上に、アメリカ合衆国国内でさえ破綻しかけているアメリカ合衆国的価値観・システムの押し売りであるという反発が多い。
 
またこのテロ事件をきっかけ動機して、アメリカ合衆国は国連協調をなくし投げ棄てて一国独走主義の時代になったり、[[冷戦]]時代の米ソ対立の構図の残滓も消え、世界の軸は突出した無類の超大国一国によって動かされる([[ジョン・ボルトン]]の国連軽視発言)時代になったとする意見もあり、これを「[[アメリカ帝国]]」と表現する[[アントニオ・ネグリ]]、[[マイケル・ハート]]のような[[思想家]]などもいる。
 
なお軍事的に面では、戦争をこれまでの国家レベルの紛争vs国家」から、ある結びつきによる国なき民間軍事組織vs国家紛争という新たな形構図として、提示され描く傾向が濃厚になっことに意義がある
 
=== 対アフガニスタン人道援助 ===