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長次郎 (会話 | 投稿記録)
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== 歌人として ==
[[画像:Hyakuninisshu 006.jpg|thumb|200px|百人一首かるた読み札「中納言家持」]]
長歌・短歌など合計473首が『[[万葉集]]』に収められており、『万葉集』全体の1割を超えている。このことから家持が『万葉集』の編纂に拘わったと考えられている。『万葉集』卷十七~二十は、[[私家集]]の観もある。『万葉集』の最後は、[[天平宝字]]3年([[759年]])正月の「新しき年の始の初春の 今日降る雪のいや重け吉事(よごと)」(卷二十-4516)である。時に、従五位上因幡守大伴家持は42歳。[[正五位|正五位下]]になるのは、11年後のことである。『[[百人一首]]』の歌([[カササギ|かささぎ]]の渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける)は、『万葉集』には入集していない。473首の内、223首は越中[現在の富山県全域と石川県能登地方]で歌われている。
 
勅撰歌人として、『[[拾遺和歌集]]』(3首)以下の[[勅撰和歌集]]に60首が採られている<ref>『勅撰作者部類』</ref>。