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[[画像:Syaka-Kinkan.jpg|250px|right|thumb|300px|『釈迦金棺出現図』]]
[[画像:Sui Ten Varna TOJI12TEN.JPG|250px|right|thumb|300px|『十二天像』のうち水天]]
国宝・重要文化財などの所蔵品のほとんどは、第二次大戦後に文化財保護委員会(のち文化庁)からの管理換えや、館の予算による購入、個人等からの寄贈によって館蔵品となったものである。京博設立の主目的は、明治初期に近代化の波にさらされ、破損・遺失の危機に直面していた京都一帯の寺社の文化財を保護するということであった。こうした事情から、戦前では京都を中心とした社寺からの寄託品が陳列の中心だった。現在も他の所有者からの[[寄託 (私法)|寄託]]品は収蔵品の約半分を占めており、国宝・重文の件数も寄託品のほうが遥かに多い<ref>館蔵品は6260件、寄託品は6197件(うち国宝83件、重要文化財630件)(羽田聡 「京都国立博物館」『日本歴史』第701号、[[吉川弘文館]]、2006年10月、pp.90-91。</ref>。
 
1954年には、国宝の「千手千眼陀羅尼経残巻」、重要文化財多数を含む守屋コレクションの経典類が一括寄贈された。守屋コレクションは経典類と銅鏡の収集家として知られた弁護士・守屋孝蔵(1876年 - 1953年)の集めたもので、同人の没後に遺族から寄贈されたものである。
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