「アウストラロピテクス」の版間の差分

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== 研究史 ==
=== アフリカヌスの発見 ===
[[1924年]]11月、[[南アフリカ共和国|南アフリカ]]に住んでいた解剖学者、[[レイモンド・ダート]]({{en|Raymond Dart}})が、スタークフォンテインの洞窟で人間とも猿ともつかない動物の[[頭蓋骨]]を発見し、前かがみ気味に[[直立二足歩行]]していた人類の祖先のものであると考えて、「南の({{el|Australo-}})猿({{el|pithecus}})」という意味の「アウストラロピテクス・アフリカヌス({{snamei|Australopithecus africanus}})」を1925年に学術雑誌『[[ネイチャー]]』に発表した<ref>{{cite journal|author=Dart, Raymond A.|title=Australopithecus africanus: The man-ape of South Africa|journal=Nature|volume=115|year=1925|pages=195-199|url=http://www.nature.com/nature/ancestor/pdf/115195.pdf|format=PDF|accessdate=2015-12-18}}</ref>。人間とサルの中間のような生物が人類の祖先と主張されたことが[[創造論]]者に大きな衝撃を与え、{{要出典範囲|date=2015年4月20日 (月) 04:23 (UTC)|発見者のダートのもとには「お前は地獄の業火で焼かれる」「お前はそのおぞましい化物を自分の子として生む持つであろう」といった脅迫が数多く寄せられた<ref>今西錦司 カラー版世界の歴史1『人類の誕生』 河出書房 1968年 93ページ</ref>}}
 
=== その後 ===