「嶋中事件」の版間の差分

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==== 言論の暴力か否か ====
発表は皇太子夫妻の御成婚の翌年で、巷では[[ミッチー・ブーム]]が起きていた。そのため作中に「ミッチー」という言葉も登場するが、その皇太子妃が「[[皇后美智子|美智子妃殿下]]」と、慈善活動などで人々の尊敬を集めていた[[昭憲皇太后]]が同名で{{refnest|group="注釈"|[[昭憲皇太后]]は[[明治天皇]]の后にあたり、作品発表時はすでに故人であった。}}、実名でそのまま登場する'''実名小説'''であったことも、問題を複雑にした。皇太子と皇太子妃の斬首された首が「スッテンコロコロ」と金属性の音を発して転がる描写や、首のない胴体を「人ゴミ」が見物するという描写、皇太后が下品な[[甲州弁]]で罵倒し合う描写は、かなり露骨で、一般読者からも批判が集中した。右翼の言う皇室への[[不敬罪|不敬]]とは別に、表現の自由が[[皇族]]の[[人権]]を侵害しているのではないか、と疑問が呈されたのである。
 
『[[朝日新聞]]』はコラム「[[天声人語]]」で処刑描写について「人道に反する」「夢物語だから許されるというものではなかろう」と非難したが<ref name="bookasahi" />、一方で、評論家の[[吉本隆明]]は、処刑されるのは「実在の人物とは似つかぬ」「人形」のように描かれているものであると擁護し、「月例の作品のなかでは最上等の部」と高く評価した<ref name="bookasahi" />。小説家の[[武田泰淳]]も作品を「痛快」と絶賛し、[[象徴天皇制]]の「非人間」性を指摘して、「天皇を無生物視している悪逆の徒は深沢氏ではなく」、「(深沢を)ひどい」と攻撃する人々の方だとした<ref name="bookasahi" />。当時は天皇批判を繰り返していた作家の[[石原慎太郎]]は、全く逆の観点から、「無責任で役立たずな皇室に庶民は欲求不満を持っており、本作はその庶民の感覚としてポピュラーでソックもなく面白い」として、本作を賞賛した<ref>『[[週刊文春]]』1960年12月12日号</ref>{{refnest|group="注釈"|「ソック」とは拳骨の一撃、打撃のことで、「ソックもなく」は「ショックもなく」とほぼ同義。}}。{{seealso|名誉毀損|表現の自由}}