「重複立候補制度」の版間の差分

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1996年に結成された[[民主党 (日本 1998-2016)|民主党]]では、1996年・2000年・2003年には重複候補者を比例名簿において可能な限り同一順位とし、重複立候補者の間で名簿順位に差をつけることを過去には数例認めたが2005年の衆院選から全廃した。ただし、2014年の衆院選では一部で復活している。
 
過去には「名簿」上位の重複立候補者が若干存在したが(2000年衆院選は新進党時代の小選挙区から国替えした[[後藤斎]]と新進党時代は比例単独候補で本来希望した小選挙区の隣の区から出馬を余儀なくされた[[城島光力|城島正光]]の2人、城島と同じ東京で旧民主党時代は比例単独候補の[[藤田幸久]]・[[石毛えい子|石毛鍈子]]、旧民主党時代の選挙区とは違う選挙区で出馬した[[長妻昭]]、1996年の衆院選で[[新党さきがけ|さきがけ]]現職として落選した選挙区から隣の区に国替えした[[宇佐美登]]は上位優遇されなかった。
 
2003年衆院選は直前に[[民由合併]]で自由党が合流した関係で国替えを余儀なくされた[[樋高剛]]・[[都築譲]]、1996年旧民主党候補として出馬した選挙区から国替えの[[伊藤忠治]]・[[鉢呂吉雄]]、1996年新進党候補として出馬した選挙区から国替えの[[三井辨雄]]・[[長浜博行]]・[[玉置一弥]]の7人)、2005年以降は一切認めないようになった。また、比例単独での上位も原則としては認めない方針になっており、2005年の総選挙において比例単独上位候補がいたのは[[比例北海道ブロック|北海道ブロック]]([[逢坂誠二]])<ref>鉢呂は2005年8月、党の北海道代表として[[ニセコ町|ニセコ]][[町長]]在職中の逢坂に比例単独1位で出馬要請をしたため、自身は重複立候補を辞退した。</ref>と[[比例南関東ブロック|南関東ブロック]]([[長浜博行]])の2人のみだった。(なお、長浜は在任中[[第21回参議院議員通常選挙]]に出馬し衆議院議員を失職。逢坂は2009年の総選挙に重複立候補し、小選挙区で当選した。)