「乙骨淑子」の版間の差分
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== 生涯 ==
[[東京都]]出身。私立桜蔭高女(現
長編文学『ピラミッド帽子よ、さようなら』<ref>同じく児童文学に分類される『ピラミッド帽子のひみつ』(著・V.P.クラピーヴィン、訳・中込光子、大日本図書、1989年刊行、ISBN 4-477-17684-8)とは異なる。</ref>を未完のまま、癌のため1980年8月13日に51歳で逝去。遺作となった「ピラミッド帽子よ、さようなら」は版元である[[理論社]]の社長・編集者であり作家の[[小宮山量平]]によってエンディングが補完され出版された<ref>『乙骨淑子の本 8』および復刻版には小宮山による補筆部分は収録されず、未完の作品として扱われている。</ref>。
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