「恩賜上野動物園」の版間の差分
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|管理運営=[[東京動物園協会]]<br /><small>2011~2015年度[[指定管理者]]</small>
|園長=[[福田豊]]
|頭数=3000頭以上(2014年時点)<ref name=tachikawaonline>
|種数=508種(2008年3月時点)<ref name=tachikawaonline />
|開園=[[1882年]][[3月20日]]
|所在地=[[東京都]][[台東区]][[上野恩賜公園#上野公園(町名)|上野公園]]9-83
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[[スマトラトラ]]、[[ゴリラ|ニシローランドゴリラ]]等の希少動物をはじめ、500種あまりの動物を飼育している。{{要出典範囲|date=2017年12月|この飼育動物の種類は、日本で[[東山動植物園]](550種)に次いで日本で二番目に多い。}}
[[File:Polar bear -Ueno Zoo.jpg|thumb|200px|
日本一の入園者数を記録する動物園である。[[旭川市旭山動物園]]が月間入園者数で上回る月もあるものの、年間入園者でみると当園が日本1位である。ただし、2006年度では上野動物園が350万人であったのに対し、旭山動物園は304万人(前年比98万人増)、また、[[2008年]]度は後述のパンダの死亡の影響等もあり、約290万人にまで急減。旭山動物園が約277万人となり、差が急激に縮まっている<ref>{{Cite news|newspaper=朝日新聞 |title=パンダいない上野動物園、入園300万人割れ 08年度 |date=2009-04-02 }}</ref>。
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* [[1937年]] - 日本で初めてキリンが繁殖する(ただし、この時点で[[繁殖賞]]は存在しない)。爬虫類室が完成<ref name="post"/><!--この出典は爬虫類室について。-->。
* [[1938年]] - 日本で初めてカバが繁殖する。
* [[1943年]]8-9月 - [[東京都長官]]・[[大達茂雄]]の命により、ゾウ(ワンリーとトンキー)、[[ヒグマ]]、[[ツキノワグマ]]、ライオン、[[ヒョウ]]、[[クロクマ]]、トラ、[[チーター]]、ホッキョクグマ、[[ガラガラヘビ]]、[[ニシキヘビ]]、[[マレーグマ]]、[[アメリカバイソン]]など14種27頭が[[戦時猛獣処分#上野動物園における戦時猛獣処分|戦時猛獣処分]]される。[[1944年|1944]]-[[1945年]]には餌不足により一部動物が処分される<ref>
* [[1949年]] - ゾウ「[[インディラ (象)|インディラ]]」と「[[はな子]]」来園。
* [[1950年]] - 国内で初めて[[オマキザル|ノドジロオマキザル]]の繁殖に成功する(これ以降、繁殖賞を受賞)。
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* [[1961年]] - 国内で初めて[[オランウータン]]、[[カリフォルニアアシカ]]の繁殖に成功する。
* [[1962年]] - 国内で初めて[[ジャガー]]、[[コビトカバ]]の繁殖に成功する。
* [[1967年]][[3月14日]] - [[アジアゾウ]]のインディラが運動場から脱走。休職中のベテラン飼育員が駆けつけてなだめ、無事収容された<ref>
* [[1972年]]
** [[ジャイアントパンダ]]の[[カンカンとランラン|「カンカン」と「ランラン」]]来園。パンダブームが起こる<ref>
** 世界で初めて[[ニシアフリカコビトワニ]]の繁殖に成功する。
* [[1977年]] - 国内で初めて[[マナヅル]]の[[人工授精]]に成功する。
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** 3月17日 - 東日本大震災の影響で「節電への協力や余震が続く中で来園者の安全確保が困難」である事を理由に、この日より当分の間休園。これにより、[[3月22日|22日]]のパンダ一般公開も無期限延期となった。
** 4月1日 - 動物園が再開(節電のため開園時間は当分の間通常より1時間半短縮)。延期していたパンダ2匹の一般公開開始。
** 4月16日 - 東日本大震災が遠因の怪我や内臓機能障害により、カバの「[[サツキ (カバ)|サツキ]]」が死亡<ref>{{cite web|url=http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/04/19/kiji/K20110419000655060.html |title=上野動物園のカバの「サツキ」“被災死”|publisher=[[スポーツニッポン]] |accessdate=2011-04-23 |archiveurl=http://web.archive.org/web/20150924190719/http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/04/19/kiji/K20110419000655060.html |archivedate=2015-09-24}}</ref>。
* [[2012年]]
** 6月30日 - パンダのシンシンに妊娠の兆候が確認されたため、展示を中止。
** 7月5日 - パンダのシンシンが同日12時27分、リーリーとの間に第1子(オス・体重133.1グラム)を出産
** 7月11日 - 前述の第1子が同日午前8時30分、シンシンの母乳を誤嚥したことによる肺炎のため死亡
* [[2016年]]
** 10月21日 - [[中華民国]]の新竹市立動物園と、友好交流協議書に調印する
*[[2017年]]
** 6月12日 - (午前11時52分)パンダ・リーリーの妻シンシンが第2子(メス)を出産。
** 8月13日 - [[豊橋総合動植物公園]]で飼育していた[[マーラ (アジアゾウ)|マーラ]]が死亡。
** 9月25日 - 前述のパンダの名前が「シャンシャン(香香)」に決まる。同年12月18日、報道公開される<ref>{{Citenews|title=上野動物園のシャンシャン きょう報道公開|url=https://www3.nhk.or.jp/news/html/20171218/k10011262131000.html?utm_int=detail_contents_news-related_002|publisher=NHK NEWS WEB(動画あり)|date=2017-12-18|accessdate=2017-12-19}}{{リンク切れ |date=2019-06-16}}</ref>。
[[ファイル:UenoZooMonorail1278.jpg|thumb|240px|<center>都営上野懸垂線</center>]]
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== 関連人物 ==
* 歴代園長(主任/監督を含む)
** [[石川千代松]](初代監督、[[1901年]]4月9日-[[1907年]]5月15日)<ref name="Ishida"></ref> [[魚類学]]者。動物園が東京帝室博物館の付属施設だった頃、海外から動物を輸入する際に力量を発揮。「恩賜上野動物公園」初代監督<ref name="kawaguchi">
** [[黒川義太郎]] 「恩賜上野動物公園」初代動物園主任([[1907年]]6月11日-[[1933年]]1月27日)<ref name="Ishida"></ref>。退職後の後任の動物園主任には [[古賀忠道]]が就任する<ref name="Ishida"></ref>。「園長」が正式に制度化されるのは[[1937年]]3月1日<ref name="Ishida"></ref>
** [[古賀忠道]](初代、[[1937年]]3月1日-[[1962年]]7月15日)<ref name="Ishida"></ref>
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** [[土居利光]](14代、[[2011年]]8月1日-[[2017年]]3月31日)
** [[福田豊]](15代、[[2017年]]4月1日-)<!--その他の歴代園長:福田三郎(戦時中の園長代理) -->
* [[西山登志雄]] - [[東武動物公園]]初代園長・名誉園長。上野動物園ではカバの担当飼育員だったため、後に「カバ園長」として有名になる<ref>{{cite web|url=http://art-random.main.jp/samescale/077-1-1.html |title=人生のセイムスケール |accessdate=2012-06-05 |archiveurl=http://web.archive.org/web/20150922070842/http://art-random.main.jp/samescale/077-1-1.html |archivedate=2015-09-22 |publisher=玉川和正 }}</ref>。
* [[宇田川竜男]] - [[麻布大学]]名誉教授。[[東京獣医畜産大学]]を卒業後勤務する。
* [[粟田彰常]] - 元[[皇族]]・[[侯爵]]・[[大日本帝国陸軍|陸軍]][[大尉]]。戦後、[[東京農業大学]]を卒業後[[東京都庁]]を経て飼育係として勤務し、ニワトリやヤギなど多くの生き物の飼育を担当した。
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