「連合国軍最高司令官総司令部」の版間の差分

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物理的な軍事力剥奪の次に進めたのが法的な整備であり、「国民主権」、「基本的人権の尊重」という[[民主主義]]の基本を備えると共に、「戦争放棄」を謳った[[憲法]]([[日本国憲法]])を作成し、日本政府に与えた(日本の戦争放棄は[[幣原喜重郎]]首相も考えていたと、マッカーサーは記録している。また、幣原は自らの著書である『幣原喜重郎―外交五十年』のなかで、戦争放棄や軍事力の解体を考えていた事を明らかにしている。)。また、[[天皇]]・[[皇室]]の神聖性の除去、[[国家神道]]の廃止、[[軍国主義]][[教育]]の廃止、[[第六潜水艇]]に代表される多くの軍人の顕彰施設の破壊など、[[明治]]からの社会[[思想]]を解体した。
 
非軍事化の一環として日本国内の[[武道]]([[剣道]]など)を統括していた政府の[[外郭団体]]である[[大日本武徳会]]を解散させ、関係者1300余名を[[公職追放]]した。また、全国に[[日本刀]]の提出を命じる[[刀狩り]]が行われ、膨大な刀剣類が没収、廃棄された(東京都北区[[赤羽]]に集められたことから[[赤羽刀]]と呼ばれている)。さらにその矛先は[[日本映画|映画]]界にまで及び、[[チャンバラ]]映画が禁止され、[[嵐寛寿郎]]や[[片岡千恵蔵]]ら日本を代表する[[時代劇]][[俳優]]が仕事を失った。さらに、「[[丹下左膳余話 百萬両の壺]]」などの時代劇のフィルムにまではさみが入れられたといわれる。
 
=== 民主化 ===