「イシス=ウラニア・テンプル」の版間の差分

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'''イシス=ウラニア・テンプル''' (Isis-Urania Temple) は[[黄金の夜明け団]]の事実上の最初のテンプル(支部組織<ref {{refnest|group="†">|Temple は神殿の意であるが、ここでは日本語文献の通例に従ってテンプルと記す。メイソンリーにおけるロッジに相当する結社の組織的活動単位を指す。<br>黄金の夜明け団および後継結社の主要なテンプルは以下の通りである<ref>Chic Cicero and Sandra Tabatha Cicero, [https://www.llewellyn.com/encyclopedia/article/35 Golden Dawn Time Line], 2019年6月24日閲覧.</ref>。<br>Licht Liebe Leben No. 1 (架空)、Hermanubis No. 2 (架空)、Isis-Urania No. 3 (ロンドン)、Osiris No. 4 (ウェストン・スーパー・メア)、Horus No. 5 (ブラッドフォード)、Amen-Ra No. 6 (エディンバラ)、Ahathor No. 7 (マグレガー・マサースがパリに設立)、Thme No. 8 (ボストン)、Themis No. 9 (フィラデルフィア)、Thoth-Hermes No. 10 (シカゴ)、Isis No. 11 (エドワード・ベリッジがロンドンに設立、後のアルファ・オメガ)、Alpha et Omega No. 2 (ブロディ=イネス率いる Amen-Ra のアルファ・オメガ派の支部、ロンドンにも拠点を構える)、Alpha et Omega No. 3 (マグレガー・マサース亡き後、ロンドンに帰還したモイナ・マサースによって設立)、Amoun (フェルキン率いる「暁の星」がロンドンに設立)。<br>在米テンプルについては Thme No. 8 (シカゴ)、Thoth-Hermes No. 9 (ニューヨーク)とする資料もある<ref>Greer, John Micheal (2003). ''The New Encyclopedia of the Occult''. Llewellyn Publications. pp. 203-204. </ref>。}}である。3人の創立者、ウィリアム・ロバート・ウッドマン、ウィリアム・ウィン・ウェストコット、[[マグレガー・メイザース|サミュエル・リドル・マサース]]は[[フリーメイソン]]であり、英国薔薇十字協会 (S.R.I.A.) の会員であった<ref>Regardie, 1993, page 10</ref>。黄金の夜明け団の分裂後、その3つの分派のひとつとして1914年まで存続した(他の2つは「アルファ・オメガ」と「暁の星」)。
 
==歴史==
''1887年10月、ウェストコットはアンナ・シュプレンゲルに手紙を書いた。シュプレンゲルの名と住所をウェスコットは[[暗号文書 (黄金の夜明け団)|暗号文書]]の解読を通じて得たのであった。受け取った返信には多大な知識、そしてウェストコット、マサース、ウッドマンに「被免達人」という名誉位階を授与すること、かつまた、暗号文書に概略の記された5つの位階を執り行う「黄金の夜明け」のテンプル設立の認可について記されていたとされた<ref name="ref">King, 1989, page 43</ref><ref name="regard">Regardie, 1993, page 11</ref>。''
 
……というのが黄金の夜明け団の創立伝説であるが、定説ではシュプレンゲルとの文通そのものがウェストコットの捏造であった。
 
1888年、ロンドンにてイシス=ウラニア・テンプルは設立された<ref name="ref"/>。そこでは暗号文書から解読された儀式が創出され、実行された<ref>King, 1997, page 35</ref>。さらにそこでは、英国薔薇十字協会やメイソンリーとは対照的に、女性が男性と「完全に同等に」団に参加することを許容されるということが強調されていた<ref name="regard"/>。