「人間学」の版間の差分

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== 歴史 ==
=== 前史 ===
哲学史における「人間」という問題は極めて重要な位置を占めている。人間とは何かという問いかけは、古代から問われつづけてきた問題であるが、長い間それは少なからず、哲学や宗教に限らず、[[宇宙]]や[[神]]を通じてでのみ考えられることであった<ref>清水『哲学的人間学』</ref>。
 
[[イマヌエル・カント]]は、この「人間学」の立場を明確にした代表的な哲学者でもある。カントは、哲学には、「わたしは何を知ることができるのだろうか」(Was kann ich wissen?)、「わたしは何をすべきなのであろうか」(Was soll ich tun?)、「わたしは何を望むのがよいのだろうか」(Was darf ich hoffen?)、「人間とは何だろうか」(Was ist der Mensch?)という4つの問題に対応する4つの分野があるとした上で、最後の問題について研究する学を「人間学」であるとした。高坂正顕は、カント哲学の全体を人間学の大系であるとしており、以後、カントは「人間学」を自身の哲学の根本のひとつにしていたという見方がされるようになった<ref>[http://ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/sc/metadata/1448 西田雅弘『人間学としてのカント哲学』(下関市立大学論集36巻1号127頁)]</ref>。
人間学が「学」として現われるためには、近世哲学の出発点である[[ルネ・デカルト]]による[[自我]]概念の発見以降の、18世紀の[[啓蒙思想]]まで待たねばならなかった。自身が自己に[[責任]]を持って考え行動するという考えが広まっていくとき、それは一人の独立した存在としての人間であるという考えを普及させていくことにほかならず、そこには大元である「(一人の独立した存在としての)人間とは何か?」という問いかけが潜んでいた。このような背景から、次第に人間学が姿を現しはじめたのである。
 
[[イマヌエル・カント]]は、この「人間学」の立場を明確にした代表的な哲学者でもある。カントは、哲学には、「わたしは何を知ることができるのだろうか」(Was kann ich wissen?)、「わたしは何をすべきなのであろうか」(Was soll ich tun?)、「わたしは何を望むのがよいのだろうか」(Was darf ich hoffen?)、「人間とは何だろうか」(Was ist der Mensch?)という4つの問題に対応する4つの分野があるとした上で、最後の問題について研究する学を「人間学」であるとした。高坂正顕は、カント哲学の全体を人間学の大系であるとしており、以後、カントは「人間学」を自身の哲学の根本のひとつにしていたという見方がされるようになった<ref>[http://ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/sc/metadata/1448 西田雅弘『人間学としてのカント哲学』(下関市立大学論集36巻1号127頁)]</ref>。
 
その後、この「人間とは何か」という問題は、[[ドイツ観念論]]を通じて、[[ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル|ヘーゲル]]の[[弁証法]]に受け継がれ、人間精神における自由への本性の理論付けなどに多大な範囲に及んだ。さらに、この流れは[[ヘーゲル左派]]から[[カール・マルクス]]へという[[唯物論]]の見地へと受け継がれていく。それまで意識や精神といった観念論的な概念を通じての人間存在を、より還元的なものとし、「人間中心主義的な世界観」の構築を説いていくという流れとなっていった。