「血と砂 (1965年の映画)」の版間の差分

解説
(解説)
『'''血と砂'''』(ちとすな)は、[[岡本喜八]]監督、[[三船敏郎]]主演による1965年の日本映画である。
 
== あらすじ ==
昭和二十年、北支戦線。陽家宅の独立大隊に昭和二十年、北支戦線。陽家宅の独立大隊に髭面で精悍な面構えの小杉総長(三船敏郎)、彼を追ってきた朝鮮人慰安婦のお春こと金春芳(団令子)
 
武器ならぬ楽器を抱えた童顔の少年軍楽兵たちがやってきた。前線逃亡罪に問われ、八路に全滅させられたヤキバ砦のただ一人の生存者・小原見習士官(満田新二)の銃殺が陽家宅で執行された。処刑執行直後に到着した小杉は、大隊長の佐久間大尉(仲代達也)に証拠不十分だったと詰め寄って彼を殴打し、営倉に入れられた。しかし、小杉の戦歴を買った佐久間は、軍楽隊を連れてヤキバ砦を奪還せよ、と彼に命じた。少年兵たちは小杉の厳しい訓練を受けたのちに陽家宅で演奏会を開き、翌日、ヤキバ砦に向かう。小杉は、営倉入りしていた犬山一等兵(佐藤允)、持田一等兵(伊藤雄之助)、志賀一等兵(天本英世)を補充した。途中、ゲリラと遭遇した。その子供を捕虜にして小杉隊は目的地に到着した。八路軍の不意をついて小杉隊は総攻撃を開始する。激戦の末、ヤキバ砦は小杉隊の手に落ちた。だが、少年兵ふたりが死んだ。小杉は少年たちに弔いのジャズを演奏させた。八路軍の逆襲が始まる。補給トラック群は同乗していたお春を残して全滅した。小杉隊からも犠牲者が続出した。小杉はたどり着いたお春に、少年たちを男にしてくれ、と頼んだ。やがて八路軍の総攻撃が開始された。小杉が銃弾に倒れた。隊長を失くした少年兵たちは、「聖者の行進」を演奏しながら次々と死んでいく。結局、お春だけが生き残った。その日は八月十五日だった。
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== 解説 ==
当時、日本映画界全般を見渡しても屈指の名コンビ(監督・主演者)と言い切れる活躍ぶりを展開していた岡本喜八と三船敏郎による戦争活劇大作映画である。『独立愚連隊』(1959/東宝)『どぶ鼠作戦』(1962/同)で根幹に据えたテーマをよりわかりやすく表に出そうという岡本の思いのもとに企画された。そうしたこともあり、「独立愚連隊」シリーズの少年版、番外編、または東宝『独立愚連隊』ものの七作目とも一部からは言われる。y
 
== 外部リンク  ==