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[[2018年]](平成30年)7月22日-8月9日まで、[[イギリス]]に短期留学した。(学習院女子高等科の海外研修プログラム) 首都[[ロンドン]]郊外の[[イートン校]]で英語教育、更に[[ポーツマス]]や[[オックスフォード]]で英国の文化を体験した<ref>[https://www.jiji.com/jc/amp?k=2018072200128 2018年7月22日 時事通信 愛子さま、英留学に出発]</ref>。
 
[[2019年]]([[令和]]元年)[[5月1日]]、[[天皇の退位等に関する皇室典範特例法]]の施行(前日の平成31年4月30日に祖父の天皇[[明仁]]が退位し[[上皇 (天皇退位特例法)|上皇]]となり、祖母の[[上皇后美智子|皇后美智子]]は[[上皇后]]となる。)により父の皇太子徳仁親王が第126代天皇(今上天皇)に即位、母の皇太子妃雅子も立后し皇后となる。これに伴い、学習院女子高等科3在学中の敬宮愛子内親王は第一皇女子として、天皇皇后を両親に持つ唯一の子供となる。
 
== (皇女)内親王を巡って ==
待望久しかった皇太子夫妻の第1子であったことから、誕生と同時に注目を集めた。出産翌日には皇居前広場で祝賀の「国民の集い」が行われ、約2万5000人もの市民が集った。皇居に記帳所が設置され、また赤坂では提灯行列が行われた。出産翌日に対面した父・今上天皇(当時:皇太子徳仁親王)は「非常に元気そうですね」という感想を述べた<ref>『おめでとう皇太子さま雅子さま愛子さま』朝日新聞社、2001年(平成13年)発行</ref>。
 
しかし、その後マスメディアに露出することを控えたため、「[[発達]]の遅れがあるのではないか」等といった噂・憶測が、2004年(平成16年)頃に海外メディアを中心に流れ<ref>2004年(平成16年)6月9日 Times online [http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/article442833.ece Japanese Crown Prince demands palace reform]</ref>、一部の国内[[週刊誌]]にもとりあげられた<ref>『週刊現代』2004年6月26日号「宮内庁が激怒、抗議へ『タイムズ』が報じた愛子内親王に関する心配事」</ref><ref>『Themis』2004年8月号「雅子妃問題拡大の元凶・宮内庁の『怠慢』」</ref>。この状況を受け、同年6月の定例会見にて[[林田英樹]][[東宮大夫]]は、ただちに「事実無根で不本意」と否定<ref>2004年6月18日 [[共同通信]]「[http://www.47news.jp/CN/200406/CN2004061801002511.html 病名報道は「勝手な憶測」 雅子さまめぐり東宮大夫]」</ref>。[[宮内庁]]は同年9月にスナップ写真や父の皇太子徳仁親王が[[東宮御所]]内で撮影したビデオ映像を公開し、事態の収束につとめた。ビデオ映像の中には父親の皇太子を「パパ」と呼びながら絵本を読む姿などが映されていた<ref>2004年9月24日 [[東奥日報]]「[http://www.toonippo.co.jp/douga/koushitsu/news2004/20040924.html 愛子さま御近況、皇太子さまらが撮影]」動画あり</ref>。
 
[[学習院幼稚園]]に入園してからは、[[運動会]]の大玉転がし、オール学習院の集いでの合唱の様子などがテレビ報道で公開されている<ref name="shufumasaiko08" />。その後は、こうしたメディアの定期的な取材を受けることにより、敬宮愛子内親王が心身とも健康であることが浸透した。2013年(平成25年)においては、「学習院初等科での成績は学年でのトップクラス」と伝えられている<ref>[http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37432 偏差値72、天皇家で一番の頭脳](2013年10月28日)、週刊現代オンライン、2015年7月4日閲覧。</ref>。
 
1965年(昭和40年)の[[秋篠宮文仁親王]]誕生以降長期にわたり皇室に男子が誕生しなかったため、皇統に属する男系男子にのみ皇位継承権を認める現行の[[皇室典範]]見直しの機運が高まり、皇太子徳仁親王に第一子として女子が誕生したこともまたこれを後押しした。そのため、[[2005年]](平成17年)から[[2006年]](平成18年)にかけて、当時の[[小泉純一郎]]首相の私的諮問機関として「[[皇室典範に関する有識者会議]]」において(第117代[[後桜町天皇]]以来の女帝として)敬宮愛子内親王の即位を念頭においた[[女性天皇]]・[[女系天皇]]の可能性が検討された(詳細は「[[皇位継承問題]]」も参照)<ref>2005年(平成17年)内閣官邸HP [http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/houkoku/houkoku.pdf 皇室典範に関する有識者会議報告書]</ref>。その後、2006年(平成18年)9月6日、[[文仁親王妃紀子|秋篠宮妃]]が皇室で41年ぶりの男子・[[悠仁親王]]を出産したことで、皇室典範見直しの動きは止まった<ref>2006年9月6日 日テレNEWS24 [http://www.news24.jp/articles/2006/09/06/0466344.html 典範改正“凍結”女系天皇の必要性も〜首相]</ref><ref>2012年1月7日 東京新聞WEB [http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012010702000032.html 「女性天皇」踏み込まず 政府の議論「宮家」限定]</ref>。
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== 愛子内親王にちなむ花 ==
[[ファイル:Princesse Aiko (rose).PNG|サムネイル|プリンセスアイコ]]
誕生後、以下の3種類の[[バラ]]が愛子内親王にちなんで名づけられた。[[京成バラ園芸]]のピンク色のフロリバンダ「[[プリンセスアイコ]]」、岐阜県園芸特産振興会のクリーム色の花「ハイネス愛」、フランスの[[メイアン]]作成の純白のハイブリッド・ティー「ロイヤル・プリンセス」である<ref>[http://suma-rikyu.seesaa.net/article/381721406.html 愛子さまに捧げられたバラたち](2013年12月2日)、神戸市立[[須磨離宮公園]]ブログ、2016年3月15日閲覧。</ref>。また、河野メリクロンの[[シンビジウム]]「シンビジウム愛子さま」も同様に名付けられた花である。<ref>この段落の出典。{{Cite book|和書|author =松崎敏彌(監修)|editor =天才工房 |year =2004 |month=02 |title =愛子さま「モノ」語り リトルプリンセスのお気に入り |publisher =[[東邦出版]] |edition =初版第1刷 |isbn = 4-8094-0353-X |pages=114-115 }}</ref>
 
* [[京成バラ園芸]](本社:[[千葉県]][[八千代市]])のピンク色のフロリバンダ「[[プリンセスアイコ]]」
* [[岐阜県]]園芸特産振興会のクリーム色の花「ハイネス愛」
* [[フランス]]の[[メイアン]]([[1850年]]創立の園芸育種会社)作成の純白のハイブリッド・ティー「ロイヤル・プリンセス」
 
また、河野メリクロンの[[シンビジウム]]「シンビジウム愛子さま」も同様に名付けられた花である<ref>この段落の出典。{{Cite book|和書|author =松崎敏彌(監修)|editor =天才工房 |year =2004 |month=02 |title =愛子さま「モノ」語り リトルプリンセスのお気に入り |publisher =[[東邦出版]] |edition =初版第1刷 |isbn = 4-8094-0353-X |pages=114-115 }}</ref>。
 
== 逸話 ==
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* [[運動神経]] – 競走が速く、学習院初等科[[運動会]]では度々[[リレー走|リレー]]の選手に選ばれていた<ref>MSN産経[http://sankei.jp.msn.com/life/news/110114/imp11011423000018-n1.htm 皇室ウイークリー154]</ref>。[[2013年]](平成25年)の6年生の時には校内の遠泳行事に参加し、3kmを泳ぎきった。運動会では[[組体操]]に参加した<ref>FNNnews[http://www.youtube.com/watch?v=8T6uSQAuSbQ 皇太子ご夫妻の長女・愛子さま、学習院初等科運動会に参加]</ref><ref>ANNnews[http://www.youtube.com/watch?v=MMnhhrgFwKg 愛子さま小学校最後の運動会]</ref>。
*[[バスケットボール]] - [[2012年]](平成24年)の初等科5年生時に、運動のクラブ活動として、[[バスケットボール]]部に入部。初めは[[野球]]部を考えたが、女子の団体競技としてバスケットボールを選択した<ref>週刊女性自身2012年2月28日号</ref>。
*[[スキー]] - 幼少より親しんでいる。[[2013年]](平成25年)1月、冬休みに学習院初等科の同級生グループと長野県[[奥志賀高原スキー場]]に[[スキー]]合宿に出かけ、レッスンを受けた<ref>[http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h25az.html 2013年(平成25年)、皇太子殿下お誕生日に際し]</ref>。3月下旬にも同県に一家でスキーに訪れ、練習の成果もあり上級者向けコースに挑戦した。同年4月5日、宮内庁は敬宮愛子内親王の春休みのスキー映像と写真を公開した<ref>[http://www.news24.jp/articles/2014/04/06/07248762.html 2014年4月6日 日テレNEWS24 愛子さまの春休みのスキー映像を公開]</ref><ref>[http://www.jiji.com/jc/movie?p=mov138-movie03 2014年4月7日 時事ドットコム 愛子さまのスキー映像公開=長野・奥志賀高原でレッスン]</ref>。
*テニス・ソフトボール - [[2014年]](平成26年)、中学生になってからは[[テニス]]と[[ソフトボール]]に関心を持ち、赤坂御用地のコートや庭で、皇太子夫妻両親や宮内庁職員とプレーを楽しむことがある<ref>[http://www.asahi.com/articles/ASGCV5FQWGCVUTIL02C.html 2014年12月1日 朝日新聞 愛子さま13歳 テニスに関心、皇太子ご夫妻とプレー]</ref>。
 
=== 日本文化と音楽 ===
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* [[チェロ]] - 学習院初等科の4年生の時に[[クラブ活動]]として管弦楽部に入部<ref>[http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0722&f=national_0722_195.shtml 2011年7月22日 共同通信社]</ref>。[[チェロ]]を担当し熱心に練習している<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111201-OYT1T00122.htm 2011年12月1日 読売新聞 愛子さま、10歳に…管弦楽部入部・チェロ練習]</ref><ref>[http://124.83.167.158/s/select/news/20111201k0000m040116000c.html 2011年12月1日 毎日JP 愛子さま:10歳に 管弦楽部でチェロ練習]</ref><ref>[http://sankei.jp.msn.com/life/photos/120415/imp12041514180001-p1.htm 2012年4月15日 MSN産経「オール学習院大合同演奏会」でチェロを演奏する愛子さま]</ref><ref>[http://www.news24.jp/articles/2012/04/15/07203904.html 2012年4月15日 日テレNEWS24 愛子さま、学習院の演奏会で]</ref>
=== 自然 ===
* [[天体]]観測きで、2018年(平成30)130年)1月には両親の皇太子夫妻(当時)と[[皆既月食]]を観察した。
=== ペット ===
自身が誕まれた頃から自宅の[[東宮御所]](当時→赤坂御所)で飼われている[[イヌ|犬]]や[[ネコ|猫]]を可愛がっている<ref>2008年5月2日[http://www.dai2ntv.jp/news/nikoniko/ 日本テレビにこにこアルバム]</ref><ref name="shufumasaiko08">主婦と生活社「雅子さまと愛子さま」2008年発行</ref>。誕生日会見などでも一緒に写ることがある<ref>平成22年 宮内庁[http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/photo-h22az.html 「皇太子妃殿下お誕生日に際してのご近影」]</ref><ref>平成23年 宮内庁[http://www.kunaicho.go.jp/activity/activity/02/activity02-ph3.html 「愛子内親王殿下お誕生日に際してのご近影」]</ref>。迷い犬や猫、動物病院で保護された犬や猫を譲り受けている。
 
; ピッピマリ
: 愛子内親王の誕生前より両親の皇太子夫妻(当時)が飼育していた犬。赤坂御用地に迷い込んだ雌犬が産んだ10匹の子犬のうちの2匹。[[2009年]](平成21年)に2匹共、老衰で息を引き取っ他界した。
; 由莉(ゆり)
: 2009年4(平成21年)4月から飼育している柴犬のMIX。まりに似た名前を付けた。写真撮影で一緒に写る時にしているバンダナは愛子内親王の手作り。静養先でも行動を共にすることがある。
; にんげんみー
: [[2010年]](平成22年)春、習院初等科3年に赤坂御用地に紛れ込んだ母猫の『にんげん』は、2016年5(平成28年)5月に病気で死去するまで飼っていた[[メス]]猫である(キジトラ白MIX)。にんげんは紛れ込んだ後すぐに4匹の子猫を産み、その内1匹を引き取って、みーと名付けて飼育している。
; セヴン
: [[2016年]](平成28年)より飼育している猫。7月生まれ。キジトラ白MIXクラシックタビー。
 
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マスメディアの皇室報道においても、当初は[[御称号]]から「敬宮さま(としのみやさま)」の呼称が用いられていた<ref name="H15"/>が、のちに「愛子さま(あいこさま)」へ転じ<ref>[http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h19az.html 2007年(平成19年)、皇太子誕生日記者会見]</ref>、「愛子さま」という呼称が国民の間にも広く定着している<ref name="kw19">MSN産経 [http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/080315/imp0803150827000-n1.htm 皇室ウィークリー19]</ref>。
 
敬宮愛子内親王自身の学習院での学校生活においては、「'''敬宮 愛子'''(としのみや あいこ)」の名が用いられているという<ref name="kw19"/>。
 
宮内庁のウェブサイトでは、「'''敬宮殿下'''(としのみやでんか)」か「'''愛子内親王殿下'''(あいこないしんのうでんか)」となっている<ref>[http://www.kunaicho.go.jp/ 宮内庁ウェブサイト]</ref>。
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|}
*高祖父
**[[大正天皇]](第123代[[天皇]]
**[[久邇宮邦彦王]]([[皇族]]
*高祖母
**[[貞明皇后]](旧姓名:[[九条家|九条]]〈[[藤原]]〉節子)
**[[邦彦王俔子|島津俔子]](邦彦王妃、[[島津忠義]]の娘)
 
{{皇室系図}}
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== 外部リンク ==
* [http://www.kunaicho.go.jp/ 宮内庁]
** [http://www.kunaicho.go.jp/about/history/history02.html 天皇皇后両陛下 - 宮内庁] - 第1皇女子として愛子内親王の略歴掲載
* [http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009030308_00000 皇太子ご夫妻に愛子さまご誕生 - NHKニュース(動画・静止画) NHKアーカイブ]