「森下洋子」の版間の差分

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1977年[[エリザベス2世|エリザベス]]戴冠25周年記念公演で踊る。ヌレエフにパートナーとして抜擢されたことにより実現したもので、これがロンドンデビューとなった<ref name="praemiumimperiale" /><ref name="chugoku-11" />。以降ヌレエフとの名コンビは続いた<ref name="praemiumimperiale" />。1978年には“バレエの女王様”マーゴとともに世界ツアーを行っている<ref name="chugoku-11" />。時期は不明だが“バレエの神様”[[ガリーナ・ウラノワ]]に指導を受けたこともあり、周囲から羨ましがられたという<ref name="chugoku-11" />。
 
19821981年[[パリ国立オペラ]]に日本人として初めて出演<ref name="praemiumimperiale" />、同年[[毎日芸術賞]]受賞。これらの多くは最年少での受賞となる。同年、男性路線の[[モーリス・ベジャール]]が森下のために大作『ライト』を振り付けている<ref name="praemiumimperiale" />。ベジャールは森下について「彼女の小柄な肉体には西洋と日本が共存している」と語った。
 
[[1985年]]第1回[[服部智恵子]]賞受賞、[[日本芸術院賞]]を洋舞として初受賞<ref name="chugoku-12" /><ref>『朝日新聞』1985年3月30日([[朝日新聞東京本社|東京本社]]発行)朝刊、22頁。</ref>。同年、パリ・オペラ座の『くるみ割り人形』全幕に主演、またヌレエフと共演した『ジゼル』の演技に対して、舞台芸術に携わる者にとって世界的に最も栄誉ある賞の一つ・英国[[ローレンス・オリヴィエ賞]]を日本人で初受賞<ref name="chugoku-12" />。