「オヤケアカハチ」の版間の差分

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[[大韓民国|韓国]]には、小説『洪吉童(ホンギルトン)伝』の登場人物・[[洪吉童]](ホンギルトン)とオヤケアカハチとの「同一人物説」を唱える者がおり、[[源義経#義経=ジンギス・カン説|義経=ジンギス・カン説]]と似たかたちで受容されている。ホンギルトンは大衆的人気が高いが、盗賊であり朝鮮王朝に対する反逆者というキャラクターであり、これが八重山諸島に逃れたという「同一人物説」を薛盛景(ソル・ソンギョン/当時・[[延世大学]]教授)と梁潅承(ヤン・コンスン)が唱えている。彼らは「ホンギルトンは粟島国(先島諸島を指す)に逃げ延びてホンカワラと名を偽り、そこで尊敬される指導者として民を苦しめる日本政府(琉球國を指す)に対抗して戦い、このような事実が日本の歴史書にも記されている」と<ref>[http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/20030501000023.htm 延世大 ソル・ソンギョン教授 チャムドン小学校で「古典文学」特別講演] 朝鮮日報</ref>宣伝している。この同一人物説によって、オヤケアカハチがしばしば沖縄県と韓国との友好事業・行事の題材にされることがある。
 
しかし、ホンギルトンはあくまで架空の人物であり、史実では、李氏朝鮮の公式記録『[[朝鮮王朝実録|李朝実録]]』(りちょうじつろく)[[燕山君]](よんさんぐん)6年(1500年)10月22日に、世間を騒がせた盗賊'''[[洪吉童|洪吉同]]'''(ホンギルトン)なる者が捕縛されたとの記録があるのみ(洪吉同の取り調べと罪状報告は12月29日の記録まで存在する)で、この[[犯罪者]]をモデルに書かれたのが前述の洪吉童伝である。17世紀初頭の朝鮮の身分制度と社会を風刺した小説で、主人公ホンギルトンたちは南海の楽園「粟島国」へ逃亡するという結末である。小説自体は風刺の意図を超え、痛快な義賊小説として多くの平民に愛され、朝鮮人の英雄像の一つとなっており、しばしば実在の人物だと錯覚を起こす者までいるほどの人気である。
 
[[2001年]][[5月4日]]には、[[大韓民国|韓国]]南部の長城郡で「洪吉童(ホンギルトン)国際学術シンポジウム」が開かれ、「同一人物説」について日韓の研究者が議論した<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-111918-storytopic-86.html 日韓友好の懸け橋に/洪吉童国際学術シンポ] 琉球新報、2001年5月8日</ref>。ただし、同シンポジウムについては沖縄県と韓国の相互交流という試みであり、歴史研究ではなく友好行事である。なお、韓国側が主張する「同一人物説」の根拠は15世紀末という時期的な一致やフルスト原遺跡から[[韓国の陶磁器|高麗製の陶磁器]]や[[硬貨|古銭]]が出土したといった程度のものだけであり<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-113373-storytopic-86.html 「アカハチは韓国の義賊」/延世大教授ら来沖、調査] 琉球新報、2000年4月26日</ref>、日本では「韓国側の思い込み」「そもそもが小説の中の登場人物」として完全に否定されている<ref>琉球新報、1998年5月1日</ref>。
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