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同じ[[1927年]]に[[キューバ]]の[[ホセ・ラウル・カパブランカ]]に挑戦、マッチに勝利して[[チェスの世界チャンピオン一覧|世界チャンピオン]]となった。この時の契約にはチャンピオンのリターンマッチの権利が定められていたが、アレヒンはカパブランカとの再戦を避け続け、[[1929年]]と[[1934年]]に[[エフィム・ボゴリュボフ]]を相手にチャンピオンを防衛した。
 
[[1933年]]には世界ツアーの一環として来日、目かくしでの同時対局を[[帝国ホテル]]で行ない全勝、[[棋士 (将棋)|将棋棋士]]の[[木村義雄 (棋士)|木村義雄]]との対局にも勝利したという。<ref>[[東公平]]『チェス入門』p125</ref>
 
[[1935年]]に格下と見られていた[[マックス・エーワ]]に敗北、失冠した。敗因は準備不足と過度の飲酒習慣にあったとされる。断酒して臨んだ2年後のリターンマッチでは雪辱を果たし、再びチャンピオンとなった。