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=== 現役時代 ===
;{{by|1998年}}
:入団当初より[[長嶋茂雄]]監督から「21世紀のスター」として期待され、また松井・清原の[[MK砲]]に入る形で'''MKT砲'''とも宣伝された。

:開幕戦に7番・右翼手で先発出場しいきなりプロ初安打を放った。4月7日、[[東京ドーム]]での[[広島東洋カープ]]戦で、[[山内泰幸]]からプロ入り初本塁打を記録した。右足を高く上げる独特の[[一本足打法]]で打線を牽引し、後半戦からは5番打者に定着。[[1998年のオールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]のファン投票では新人史上最多の51万4351票で選出され、以降7年連続で出場した。最終的に[[打率]].300(リーグ8位)、19本塁打(リーグ9位)、75[[打点]](リーグ10位)、[[OPS (野球)|OPS]].852(リーグ8位)の好成績を収めてシーズンを終えた。プロ1年目での打率3割([[規定打席]]到達)は史上7人目、[[セ・リーグ]]では長嶋茂雄以来40年ぶり。さらに新人での[[満塁#満塁ホームラン|満塁本塁打]]3本は史上初のことだった。
 
:[[最優秀新人 (日本プロ野球)|新人王]]候補にも名前が挙がったが、新人王は中日の[[川上憲伸]]が受賞した。この年の川上との直接対決の成績は 22打数1安打(1本塁打)であった<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_octorber/KFullNormal20071016151.html 【10月28日】1998年(平10) 憲伸VS由伸、ハイレベルな新人王争いに決着] スポーツニッポン 2016年8月19日閲覧{{リンク切れ|date=2017年10月}}</ref>。新人王は獲得できなかったが、新人王に値する成績と認められ異例とも言えるセントラル・リーグ特別表彰を受賞した。また、守備でも強肩を活かしてリーグ最多タイの12補殺を記録し、新人外野手としては史上初の[[ゴールデングラブ賞]]を受賞した。以降6年連続で受賞となる。同年、長嶋監督から「ウルフ」のニックネームが与えられた<ref>[http://www.hochi.co.jp/giants/20150207-OHT1T50225.html 岡本、ニックネームはマッサン!「かずまっさん」を短く] スポーツ報知 2015年2月8日{{リンク切れ|date=2017年9月}}</ref>。
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;{{by|2003年}}
:この年より[[選手会長]]に任命される。また、松井のMLB・[[ニューヨーク・ヤンキース]]移籍により守備位置が右翼手から[[中堅手]]へ[[コンバート (野球)|コンバート]]され、同時に松井の移籍で、クリーンナップトリオとしてのMKT砲と称してきた愛称は、1人減ってトリオからコンビになったのを機に、清原・高橋のみを表す'''KT砲'''に改められた。
:清原の欠場もあり、初めて開幕戦を4番で迎えた。途中腰痛で戦線を離脱したものの、シーズン中盤には好調をキープし続け、'''11打数連続安打'''、'''14打席連続出塁'''のプロ野球タイ記録を樹立し、打率は自己最高の.323を記録した。[[6月1日]]の[[阪神タイガース|阪神]]戦では当時無敗を誇っていた[[ジェフ・ウィリアムス]]から逆転サヨナラ2ラン本塁打を打ち、シーズン唯一の黒星を付けた。[[7月15日]]の[[2003年のオールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]では2打数2本塁打3打点の活躍で自身初のオールスターMVPを受賞。また、シーズン後には[[2004年アテネオリンピック|アテネ五輪]]の予選を兼ねた[[第22回アジア野球選手権大会]]に出場し、首位打者となった。
 
;{{by|2004年}}