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==== 沖縄戦 ====
[[ファイル:USS Mannert L. Abele (DD-733) port aft view, 1944.jpg|thumb|300px|桜花が命中し真っ二つになって轟沈した[[マナート・L・エベール (駆逐艦)|マナート・L・エベール]]]]
[[ファイル:USS Stanly (DD-478) in San Francisco Bay, California (USA), on 6 OctOctober 1944 (19-N-90948).jpg|thumb|300px|桜花が艦首を貫通し甚大な損傷を受け予備艦行きとなった{{仮リンク|スタンリー (駆逐艦)|label=駆逐艦スタンリー|en|USS Stanly (DD-478)}}]]
[[ファイル:USS Hugh W. Hadley (DD-774) midship deckhouse damage on 11 May 1945.jpg|thumb|300px|桜花の命中で大破炎上し除籍に追い込まれた時のヒューW.ハドレイ]]
岡村大佐は第一回の失敗により昼間大編隊による攻撃を断念し、主として薄暮及び黎明時に陸攻少数機が1 - 2機ずつに別れての出撃を行う戦術に転換した。その結果として米軍の迎撃が分散され、沖縄戦では桜花射程内までアメリカ艦隊に接近できた母機も増えて戦果も少なからず挙がるようになった。しかし一方でアメリカ艦隊を捕捉できず、桜花のみ空中投棄して帰投する機も多かった<ref>文藝春秋 編『人間爆弾と呼ばれて 証言・桜花特攻』(文藝春秋、2005年)569 - 577頁</ref>。