「吉村良一」の版間の差分

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== 略歴 ==
*1950年生まれ
*1974年 [[京都大学]]大学院法学研究科・法学部|京都大学法学部]]卒業
*1976年 京都大学大学院法学研究科修士課程修了(法学修士)
*1979年 京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学
 
== 略歴 ==
不法行為法および環境法の研究で著名。特に公害と不法行為についての研究を行っており、公害被害者救済の観点から古典的な過失責任論の再評価を主張していることで注目される<ref>吉田克己『現代市民社会と民法学』(日本評論社、1999年)55頁</ref>。一般的な考えでは、過失責任主義は前近代社会にあっては個人の自由を保障するものとして妥当であったが、近代では被害者救済のために例外的に無過失責任主義が認められるようになったとされる。この立場からは、無過失責任主義は注意しても防げない損害について公平の見地から特別に責任を負わせるためのものであると位置付けられるが、吉村は無過失責任主義はその例外性ゆえに、被害者救済の面ではあまり機能していないことを主張する<ref>吉村良一「不法行為法と「市民法論ー公害における企業の民事責任を中心として」法の科学12号41頁</ref>。また、通説は公害を企業活動という社会的に有用な活動に不可避的に伴う被害であり「許された危険」と見ているが、吉村はそのような公害観に疑問を呈し、公害は不可避的ではなく、企業の利潤を減らすことなしには避けられないという程度の回避困難性の問題と指摘する。かかる観点から、吉村は現在の一般的な考え方が採っているような被害発生の防止措置を講じていれば過失はないとする考え方から、古典的な過失論、すなわち予見可能性の有無だけで過失の有無を判断することを主張している。
不法行為法及び環境法の研究で著名。特に公害と不法行為についての研究を行っており、公害被害者救済の観点から古典的な過失責任論の再評価を主張していることで注目される<ref>吉田克己『現代市民社会と民法学』(日本評論社、1999年)55頁</ref>。
一般的な考えでは、過失責任主義は前近代社会にあっては個人の自由を保障するものとして妥当であったが、近代では被害者救済のために例外的に無過失責任主義が認められるようになったとされる。この立場からは、無過失責任主義は注意しても防げない損害について公平の見地から特別に責任を負わせるためのものであると位置付けられるが、吉村は無過失責任主義はその例外性ゆえに、被害者救済の面ではあまり機能していないことを主張する<ref>吉村良一「不法行為法と「市民法論ー公害における企業の民事責任を中心として」法の科学12号41頁</ref>。また、通説は公害を企業活動という社会的に有用な活動に不可避的に伴う被害であり「許された危険」と見ているが、吉村はそのような公害観に疑問を呈し、公害は不可避的ではなく、企業の利潤を減らすことなしには避けられないという程度の回避困難性の問題と指摘する。
かかる観点から、吉村は現在の一般的な考え方が採っているような被害発生の防止措置を講じていれば過失はないとする考え方から、古典的な過失論、すなわち予見可能性の有無だけで過失の有無を判断することを主張している。
 
== 著書 ==
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[[Category:日本の法学者]]
[[Category:民法学者]]
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