「治天の君」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2018年5月}}
 
'''治天の君'''(ちてんのきみ)は、[[日本]]の古代末期から中世において、家督者当主として政務の実権を握った[[太上天皇|上皇]]又は[[天皇]]を指す用語。治天の君は事実上の[[君主]]として君臨した。但し、「治天の君」については在位の天皇を含める立場<ref>富田正弘「治天の君」『日本歴史大事典2こ~て』[[小学館]]、2000年9月。ISBN 978-4-0952-3002-3 </ref><ref>「治天の君」日本史広辞典編纂委員会『日本史広辞典』[[山川出版社]]、1997年10月。 ISBN 978-4-6346-2010-0 </ref><ref>「治天の君」[[永原慶二]]監修『岩波日本史辞典』[[岩波書店]]、1999年10月。 ISBN 978-4-0008-0093-8 </ref><ref name="insei">[[美川圭]] 『院政―もう一つの天皇制―』[[中公新書]] (2006年)ISBN 4-12-101867-2 </ref><ref name="kuroda">[[黒田俊雄]]『日本の歴史 蒙古襲来』[[中公文庫]] (1974年)ISBN 4-12-200071-8</ref>と在位の天皇を含めず院政を行う上皇に限る立場<ref>後藤四郎「治天の君」『[[国史大辞典 (昭和時代)|国史大辞典]]』[[吉川弘文館]]。同辞典の[[家永三郎]]「天皇」および[[竹内理三]]「院政」も同じく在位の天皇を含めていない。</ref>とがある。
 
上皇が治天の君である場合、天皇は在位の君とよばれる。また上皇が治天の君として行う[[院政]]に対して、天皇が治天の君として政務に当たることを[[親政]]という。治天の君は、'''治天下'''(ちてんか)、'''治天'''(ちてん)、'''政務'''(せいむ)などとも呼ばれた。以下、本項では治天の君を「治天」という。