「ソフィア・グバイドゥーリナ」の版間の差分

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西側に紹介された頃には、きわめて単純な素材(たとえば[[半音階]]や単音の連続や、半音ずらした音程の[[グリッサンド]]など)を用いつつ、それらの呪術的な積み重ねにより圧倒的なクライマックスを築き上げるという作風にたどり着いていた。時には[[三和音]]や[[教会旋法]]などが剥き出しで用いられることも多いが、それらが一切従来の音楽的意味を成さず、単なる音響として常に静的に処理され、それらの持つ緊張感の積み重ねによってのみ音楽が進行する。
 
[[1980年代]]初頭に、楽曲構成の手段として[[フィボナッチ数列]]を用いるようになる。この手順は、作曲原理が得られるだけでなく、形式の「息づかい」が許されるというので魅力的に感じられたらしい。この手法による作例に、12楽章の[[交響曲]]《[[声…沈黙…]] 》({{lang-de|''Stimmen... Verstummen...''}}, {{lang-ru|''Слышу... Умолко...''}})、《知覚》( ''Perception'' )、《太初(はじめ)にリズムありき》({{lang-de|''Im Anfang war der Rhythmus''}})が挙げられる。その後の[[福音書]]による作品群は、部分的にフィボナッチ数列を援用している。
 
グバイドゥーリナ作品の大きな特色は、椅子を奏者が持ち歩いたり(弦楽四重奏曲第一番)、三和音を単純にマテリアルとしてパネル化したり(12楽章の交響曲《声…沈黙… 》)、西洋的な時間軸を意図して放棄することである。管弦楽曲でも、中央に据えられた[[バヤン]]はオーケストラとは全く無関係に蛇腹の押し引きを繰り返し、[[東洋哲学]]にも似た超越的な時間感覚を想起させる。ただし、21世紀に入り委嘱を多く受けてからのグバイドゥーリナは、単一の指揮者によって単一のリズムが打ち鳴らされる(Feast During a Plague)従来の西洋音楽の在り方に似せて、かつての前衛色は薄くなってきている。
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== 主要作品 ==
=== 管弦楽曲 ===
*''[[12楽章の交響曲《声…沈黙… 》]]'' symphony in twelve movements (1986)
*''The Unasked Answer (Antwort ohne Frage)'' collage for three orchestras (1989)
*''Stufen'' for orchestra (1992)