「戸沢氏」の版間の差分

 
==江戸時代==
松岡藩への転封後、政盛は徳川氏への接近を積極的に進めていく。徳川氏重臣の[[鳥居忠政]]から養子を[[婿養子]]に迎え、自身の娘と縁戚を結ばせ(ただし相続前に死去)。[[慶長]]19年([[1614年]])の[[大坂の役#大坂冬の陣|大坂冬の陣]]では[[小田原城]]の守備、翌20年の[[大坂の役#大坂夏の陣|大坂夏の陣]]では[[江戸城]]の留守居役を命じられる。
 
鳥居氏との縁戚により、本来江戸幕府内での扱いは[[外様大名]]であるはずの戸沢氏は[[譜代大名]]とされた([[願譜代]])。[[元和 (日本)|元和]]8年([[1622年]])、最上氏の改易を受けて、譜代大名[[鳥居氏]]の一族として、松岡よりは角館に近い[[新庄]]へ加増転封される。