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{{出典の明記|date=2020年3月3日 (火) 06:16 (UTC)}}
{{ファイル;Maurya MAP.png}}
ブリハドラタ・マウリヤは、ブリハードと乗る{{マウリヤ帝国}}の最後の君主(在位紀元前198年〜紀元前185年)であった。
 
彼が即位した時には、マウリヤ帝国の領土はパータリプトラを中心にした、{{アショカ大王}}の時代に比べて縮小していた。彼は紀元前185年に司令官ブラミン将軍{{プシャミトラ・スンガ}}によって暗殺されて権力が簒奪された。彼はスンガ帝国を建てた。
 
マウリヤ帝国は最盛期を迎えたアショカ大王の死後、彼の息子によって分裂した。いくつかの伝説や仏典などの記録があるが、アショーカ王以後の王名はそれらの諸記録で一致せず、その代数も一致しないことから王朝が分裂していたことが想定されている。
紀元前180年北西インドは{{グレコ - バクトリア王}}ドゥミトゥリオス1世の攻撃を受けた。彼は、パキスタンのパンジャブのカブール渓谷で治めた。彼の後継者たちは、スンガ帝国との一連の戦争に巻き込まれた。
 
彼が即位した時には、マウリヤ帝国の領土はパータリプトラを中心にした、{{アショカ大王}}の時代に比べて縮小していた。彼は紀元前185年に司令官ブラミン将軍{{プシャミトラ・スンガ}}によって暗殺されて権力が簒奪され、マウリヤ帝国は滅亡した。プシャミトラ・スンガはスンガ帝国を建てた。
 
紀元前180年北西インドは{{グレコ - バクトリア王}}ドゥミトゥリオス1世の攻撃を受けた。彼は、パキスタンのパンジャブのカブール渓谷で治めた。彼の後継者たちは、スンガ帝国との一連の戦争に巻き込まれた。