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刃傷沙汰を繰り返し、18歳頃、酒代欲しさに悪事をはたらき、天満の[[牢屋]]に入れられる。牢内で人相と人の[[運命]]に[[相関]]関係があることに気づき観相に関心を持つようになる。
 
出牢後、人相見から顔に[[死相]]が出ていると言われ、運命転換のため、慈雲山[[瑞竜寺]](鉄眼寺)に出家を願い出たところ、「1年間、麦と大豆だけの食事が続けられたら弟子にする」といわれ、[[堂島川]]で川仲仕をしながら言われた通り麦と大豆だけの食事を続けたところ、顔から死相が消えたばかりでなく、[[運勢]]が改善してしまった。
 
こうした体験から観相学に興味を持ち、髪結い床の見習い3年、湯屋の[[三助]]業3年、火葬場の[[隠亡]]焼き3年と徹底した観相の研究を実施して観相学の蘊奥を究め南北相法を完成し、節食が運勢を改善することを唱えた。