「エアンナトゥム」の版間の差分

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|子女 =
|王家 =
|王朝 = [[ラガシュ#ラガシュ第1王朝|ラガシュ第1王朝]]
|王室歌 =
|父親 = [[アクルガル]]
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== 来歴 ==
エアンナトゥムは[[:en:Sumer#Early Dynastic_Period|シュメール初期王朝]]時代の[[ラガシュ#ラガシュ第1王朝|ラガシュ第1王朝]]で王位についた。彼はテルロー遺跡(ラガシュ王国の首都{{仮リンク|ギルス (古代メソポタミア)|label=ギルス|en|Girsu}})で発見された戦勝記念碑[[ハゲワシの碑]]([[:en:Stele of the Vultures|Stele of the Vultures]])を含む一連の記念碑によって知られている。これらの記録は同時代の戦争を記述したものとして最も古いものである。
 
これらの記念碑文には彼が戦って勝利したとする国の名が列挙されている。それによればエアンナトゥムは[[エラム]]、ウルア、[[ウンマ (シュメールの都市国家)|ウンマ]]、[[ウル]]、[[ウルク (メソポタミア)|ウルク]]、ウルアズなどの都市と戦って勝利を収めたという。具体的な経過については凡そ知られていない。