「東龍強」の版間の差分

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新十両の場所は勝ち越し、2場所目の同年3月場所は12勝3敗の好成績。[[旭秀鵬滉規|旭秀鵬]]との[[優勝決定戦 (相撲)|優勝決定戦]]に敗れたため十両優勝はできなかったが、続く5月場所で新入幕(東前頭16枚目)。モンゴルからの新入幕は、2012年1月場所の旭秀鵬以来17人目。翌5月場所では予てよりの弱点である攻めの甘さとあっさり土俵を割る点が露呈し、6勝9敗の負け越し。その後[[2014年]]1月場所に西十両3枚目で10勝5敗の好成績を残した<ref>『相撲』2014年2月号64頁には好調の理由として「2013年冬巡業で連日20番位以上の申し合いをこなした。」と伝えられている。</ref>ことで翌3月場所には再入幕を果たし、自己最高位を東前頭14枚目まで更新する。2013年5月場所以来5場所ぶりの幕内復帰。その場所は9日目まで5勝4敗だったが、14日目に負け越しが決定し、最終的には6勝9敗。西関脇だった[[琴欧洲勝紀|琴欧洲]]が場所中に引退し、翌場所は幕尻が東前頭17枚目になることから、幕内残留はほぼ確実だった。しかし、西十両4枚目で8勝7敗だった[[佐田の海貴士|佐田の海]]が新入幕を果たしたため、翌5月場所は十両に陥落(東十両筆頭)。1場所で幕内に復帰するも、その場所14日目の[[逸ノ城駿|逸ノ城]]戦で右膝を負傷してしまい、千秋楽は自身初の休場を余儀なくされた<ref>[http://www.asahi.com/articles/ASG7W3D15G7WUTQP00G.html 平幕の東龍、右ひざ痛め千秋楽に休場 大相撲名古屋場所] 2014年7月27日</ref>。
 
続く9月場所の全休を経て、十両下位に落ちた同年11月場所で復帰するも、2場所連続で負け越して[[2015年]]3月場所では幕下に陥落した。幕下転落2場所目の同年5月場所で1年ぶりの勝ち越しを果たし、同年9月場所では東幕下2枚目で、7番目では幕下で唯一6連勝としていた佐藤を破って6勝1敗8人による[[優勝決定戦 (相撲)|優勝決定戦]]に進出。トーナメント形式の準決勝で[[千代翔馬富士雄|千代翔馬]]に敗れて幕下優勝とはならなかったが、続く11月場所では十両に復帰した。しばらく十両中位から下位にあったが、2016年5月場所に10勝5敗の成績を挙げると翌7月場所は再入幕の窺がえる西十両筆頭の地位を得た。この場所は13日目に勝ち越しに王手をかけたが、14日目から2番連続で給金相撲を落として7勝8敗の負け越し。続く9月場所も6勝9敗の負け越し。それからは十両上位と中位を往来。2017年5月場所は西十両5枚の地位を与えられ、8勝7敗。7月場所はやや幸運で2枚半上昇の東十両3枚目。10月8日の秋巡業富士場所では十両の申し合いで9番相撲を取った<ref>『大相撲ジャーナル』2017年12月号 p10</ref>。その後も十両での土俵が続いていたが、2019年53月場所から3場所連続で勝ち越し、同年9月場所において30場所ぶりの再入幕を果たした。再入幕にかかった所要場所数としては[[里山浩作|里山]]の37場所に次いで史上2位の記録となる<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201908250001213.html 幕内昇進4力士 剣翔はうれしい新入幕 新番付] 日刊スポーツ 2019年8月26日6時1分(2019年12月17日閲覧)</ref>。西前頭15枚目で迎えた同場所では6勝9敗と負け越し、十両への陥落となった。続く11月場所は東十両筆頭で迎え、11勝4敗で[[勢翔太|勢]]、[[魁聖一郎|魁聖]]、[[霧馬山鐵雄|霧馬山]]と並び、4人による優勝決定戦に進出した。決定戦では勢、魁聖の順に破り自身初の各段優勝となる十両優勝を果たした。
 
== 主な成績 ==