「砂山のパラドックス」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
導入部
1行目:
'''砂山のパラドックス'''(すなやまのパラドックス、{{lang-en-short|paradox of the heap}})は、[[述語]]の[[曖昧性]]から生じる[[パラドックス]]の一種である。'''[[古典ギリシア語]]で"heap"を意味する「ソリテス・パラドックス」([[wikt:en:σωρίτης|σωρίτης]]、''sōritēs' (sorites paradox) とも呼')にちなんで<ref>厳密にいえsoritesは"heap" を意味する[[ギリシア語名詞]]のσωρός(「ソロス」([[wikt:en:σωρός|σωρός]]、''sōros''、堆積物に、[[形容詞]]の[[接尾辞]]([[wikt:en:-ίτης|-ίτης]]、''-itēs'')を足て作られた言葉である (σωρίτης (''sōritēs''))簡単に言えば、[[長母音]]の山があったとき、そこから数粒の砂を取り去って砂山のままだが発音するならソーロスおよびソーリテース。ソライティーズは英語読み。</ref>そうやって粒を取り去っていったとき'''ソリテス・パラドックス'''最終的に一粒だけ残った状態でも「砂山」'''ソライティーズ・パラドックス'''({{Lang-en-short|sorites paradox}})言えるか、という問題であも呼ばれる。
 
[[砂]][[山]]から砂粒を取り去っても依然として砂山のままだが、それから何度も取り続けて、最終的に一粒だけが残ったとき、その一粒だけを「砂山」と呼べるのか、という問題である。[[定義]]や[[境界]]値が明確でなく曖昧な概念をどう扱うかという問題であり、主に[[論理学の哲学]]・[[言語哲学]]において問題になる。というのも、[[論理学]]や[[数学]]などの[[科学]]においては、全ての概念が明確でなければならず、通常の[[方法論|方法]]では曖昧な概念を扱えないからである。
基本的には相対的で定義がはっきりしないことを扱う学問領域である[[言語哲学]]に属する問題である。一方[[数学]]では、全ての用語が明確な定義を持っている。このパラドックスは不明確な用語を数学的な論理式に持ち込む際に常に付きまとう問題であり、定義不能な不明確な概念に論理を適用する際の問題である。
 
== 歴史とバリエーション ==
[[File:Sand sorting tower.jpg|thumb|170px|どう見ても砂山だ。]]
[[File:PismoBeachSand.JPG|thumb|170px|これは砂山なのか⁉︎]]
砂山のパラドックスの起源は、一般に[[古代ギリシャ]][[哲学者ミレトスの]][[エウブリデス]]が作ったとされる'''[[ハゲ|ハゲ頭]]のパラドックス''' (paradox of the bald man) に帰せられる<ref> Hyde, Dominic, [http://plato.stanford.edu/entries/sorites-paradox/ "Sorites Paradox"], [[The Stanford Encyclopedia of Philosophy]] (Fall 2005 Edition), [[エドワード・ザルタ|Edward N. Zalta]] (ed.)</ref>。
 
=== ハゲ頭のパラドックス ===
38行目:
== 解決策 ==
=== 自明な解決策 ===
自明な解決策は、砂粒が何粒集まっても「砂山」にはならないとすることである。言い換えれば、「砂山」という言葉は検証可能な明確な条件を備えていないから無意味だとするのである。この考え方をつきつめれば、[[メレオロジー#哲学|メレオロジー的虚無主義 (mereological nihilism) ]]に到達する。
 
[[バートランド・ラッセル]]などの他の哲学者は単に、あいまいな概念には論理を適用できないとする。
 
=== 固定の境界値の設定 ===
93行目:
== 関連項目 ==
* [[曖昧]]
* [[ファジィ論理]]
* [[多値論理]]
* [[数学的帰納法]]
* [[哲学探究]]
*[[プロトタイプ理論]]
* [[テセウスの船]]
* [[外延]]
* [[メレオトタイプ理論ジー]]
* [[輪状種テセウスの船]]
*[[輪状種]]
 
== 外部リンク ==