「シベリア出兵」の版間の差分

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[[ファイル:Nikolayevsk Incident-1.jpg|thumb|焼け落ちたニコライエフスク日本領事館]]
{{main|尼港事件}}
1920年(大正9年)3月から5月にかけて、ロシアのトリャピーチン率いるロシア人、朝鮮人、中国人4,000名から成る、[[パルチザン (ロシア内戦)|共産パルチザン]](遊撃隊)が黒竜江(アムール川)の河口にあるニコライエフスク港(尼港、現在の[[ニコラエフスク・ナ・アムーレ]])の日本陸軍守備隊(第14師団[[歩兵第2連隊]]第3大隊)および日本人居留民約700名、日本人以外の現地市民6,000人の一部を虐殺した上、町の一部に放火した。この事件を契機として、日本軍はシベリア出兵後も[[1925年]]に日ソが国交を結ぶまで石油産地の北樺太(サガレン州)を[[保障占領]]した。
 
=== 日本軍の宣撫工作 ===