「マルタ会談」の版間の差分

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== 概要 ==
[[東欧革命]]や[[ベルリンの壁崩壊]]を受けて、[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョージ・H・W・ブッシュ]]と[[ソビエト連邦]][[ソビエト連邦最高会議幹部会議長#最高会議議長|最高会議議長]]兼[[ソビエト連邦共産党書記長]][[ミハイル・ゴルバチョフ]]による首脳会談で、[[第二次世界大戦]]末期の[[ヤルタ会談]]に始まった'''米ソ[[冷戦]]の終結'''を宣言した。これを標語的に「ヤルタからマルタへ({{en|"From Yalta to Malta"}})」という。[[マルタ島]]沖のソ連[[クルーズ客船]]マクシム・ゴーリキー内で行われた。
 
この会談にはソ連側からは[[エドゥアルド・シェワルナゼ|シェワルナゼ]][[外務大臣|外相]]、アメリカ側からは[[ジェイムズ・ベイカー (国務長官)|ベイカー]][[アメリカ合衆国国務長官|国務長官]]及び[[ブレント・スコウクロフト|スコウクロフト]][[国家安全保障問題担当大統領補佐官]]、[[コンドリーザ・ライス|ライス]][[アメリカ国家安全保障会議|国家安全保障会議]]東欧ソ連部長、{{仮リンク|ジャック・F・マットロック・ジュニア|en|Jack F. Matlock Jr.}}駐ソ連アメリカ大使などが同席している。
 
[[ブレント・スコウクロフト]]をはじめとするアメリカ政権内では当初からマルタ会談は「時期尚早」として、ソ連のスタンドプレーを許す結果になるとして反対していたが、[[フランス]]の[[フランソワ・ミッテラン|ミッテラン]][[フランスの大統領|大統領]]、[[イギリス]]の[[マーガレット・サッチャー|マーガレット・ヒルダ・サッチャー]][[イギリスの首相|首相]]をはじめとする[[ヨーロッパ]]首脳及びアメリカ合衆国議会はゴルバチョフとの対談を説得した。
 
マルタ会談では特に何の合意もなされなかった。主な目的はアメリカとソ連が「[[鉄のカーテン]]」を引き上げることにおける喫緊の変更点について会談を持つことにあり、これをして冷戦の公式な終結と見られた。局所的に見れば冷戦時代の終結に保証を与えるために緊張を緩和し、東西関係というものに大きなターニングポイントを与えた。会談を通じてブッシュ大統領は[[ペレストロイカ]]におけるゴルバチョフの指導、およびその他の共産圏の改革を支持した。
 
共同声明に当たって、ゴルバチョフは次のように述べた。