「アプリオリ」の版間の差分

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[[エトムント・フッサール|フッサール]][[現象学]]では、直観によるアプリオリの作用(抽象)を「本質直観」と呼んでいる<ref group="注釈">本質直観は「イデー化(理念化)」とも呼ばれており、フッサール自身、様々な角度から説明を試みている。『デカルト的省察』・『論理学研究』など</ref>。
 
[[認識論]]において用いられる難解な言葉であり、アプリオリは[[アポステリオリ]]の[[対語]]である。「先験的」「先天的」などと訳される場合があるが、どちらの訳もこの語の意味にあっていないと言われ、多くの場合「アプリオリ」と[[カタカナ]]片仮名書か音訳される。
 
アプリオリの具体的な意は、「私はこのことをアプリオリに知っている」は「私はこのことを知っているが、経験を通じて知ったのではない」と言うような具合である。アプリオリの意は非常に複雑であり、わかりにくいと言われる。