「フラメンコ」の版間の差分

編集の要約なし
 
=== スペイン内戦とフラメンコ ===
 
=== フランシスコ・フランコとの関係 ===
 
38年間の長きにわたる[[フランコ体制下のスペイン|フランシスコ・フランコ独裁政権]]は、権力集中化を狙って徹底した隔離政策、検閲、[[カトリック]]教育を行った。国威発揚のため、また観光資源として[[フランシスコ・フランコ|フランコ]]に保護・利用された音楽がフラメンコであり、そのため外国でもてはやされているフラメンコも、本国スペインでは多感な若者たちが、最も忌み嫌う音楽となっていた。<!-- フラメンコの再評価、及び個性的なスペイン・ロックが続々と出現するのは、フランコ他界後の[[1980年代]]初期であり、英米産ロックの物まねを脱して、名実ともにスペイン・ロックと呼べるグループが出現するのは、1980年代も終わりに近づいてからであった。<ref>CD「エロエス・デル・シレンシオ/裏切りの道」解説</ref> -->
 
== アーティスト ==
 
 
18世紀以前に見られるアーティスト、El MurcianoやTío Luis de la Julianaなどは伝説の域を出ず、その実在性については議論がつきまとう。
 
言い伝えではなく確実に存在した人物として、19世紀には[[:es:Planeta_(cantaor)|エル・プラネータ]]や[[:es:Fillo|エル・フィージョ]]、[[:es:Silverio Franconetti|シルベリオ・フランコネッティ]]や[[:es:Paco la Luz|パコ・ラ・ルス]]、[[:es:Tomás el Nitri|トマス・エル・ニトリ]]、[[:es:Enrique el Mellizo|エンリケ・エル・メジーソ]]などの歌い手が記録され、その歌い口が現在まで伝承され尊重されている場合も多い。
 
20世紀前半までには[[アントニオ・チャコン]]、[[マヌエル・トーレ]]や[[ニーニャ・デ・ロス・ペイネス]]、[[アントニオ・マイレーナ]]や[[マノロ・カラコール]]など、現在にいたるフラメンコの諸形式をほぼ形作ったともいえる歌い手たちが現れ、録音も行われはじめた。ギタリストでは、クラシックギターの技術をとりいれてフラメンコギターに革新をもたらした[[ラモン・モントージャ]]や<ref>「フラメンコのすべて」p204-205 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>、圧倒的な技術と豊かな音楽性で君臨した[[サビーカス]]、偉大な歌い手達から絶大な信頼をうけた伴奏者[[メルチョール・デ・マルチェーナ]]などが特筆される。
1930〜40年代にはフラメンコはカンテ・ボニートと呼ばれる甘美な傾向が顕著になり、「オペラ・フラメンカ」とよばれる舞台が主流となった。[[ペペ・マルチェーナ]]や[[ファニート・バルデラーマ]]などに代表される、数多くの美声の歌い手たちが大衆の人気を博したが<ref>「フラメンコのすべて」p112-115 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>、一方で純粋とされるフラメンコは陰に隠れた様相となった<ref>「フラメンコのすべて」p116 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>
しかし[[19531954年]]にギタリストである[[ペリーコ・エル・デル・ルナール]]によって伝統的なカンテのアンソロジーが組まれたのを契機に、伝統的なカンテへの再評価がなされ<ref>「フラメンコのすべて」p116 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>、[[フアン・タレガ]]や[[ラファエル・ロメーロ]]、[[ペペ・エル・デ・ラ・マトローナ]]など隠れていた名人や古老の録音や、フェスティバル等への出演が相次いだ。
またこの時代には、[[フォスフォリート]]や[[ウトレーラ姉妹]]などの本格的な唄い手たちも世に出た。ギタリストでは、いわば「再発見」された[[ディエゴ・デル・ガストール]]が特筆される。
 
20世紀後半にはギター、カンテ、舞踊の各分野で技術革新を行う人物が次々に登場した。ギターの分野では[[1960年代]]に相次いで登場した[[マノロ・サンルーカル]]や[[セラニート]]、中でもとりわけ[[パコ・デ・ルシア]]が最も重要な革新者とされる<ref>「フラメンコのすべて」p71 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>。フラメンコの演奏家として出発したギタリストであるパコ・デ・ルシアが[[ジャズ]]やクラシック・ギターの要素を大胆に取り入れ、ギターの奏法やフラメンコの音楽性に革命的な変化をもたらした<ref>「フラメンコのべて」p208-209 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>。その奏法には賛否両論あるが、[[トマティート]]や[[ビセンテ・アミーゴ]]など、その系譜を継ぐ中堅・若手のギタリストは現在非常に多い<ref>「フラメンコのすべて」p209-210 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>
 
カンテの分野ではパコ・デ・ルシアやトマティートとともに活動した男性歌手[[カマロン・デ・ラ・イスラ]]が名高い<ref>「フラメンコのすべて」p67 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>ほか、[[エンリケ・モレンテ]]や[[レブリハーノ]]などが様々な形でカンテに革新をもたらし、賛否両論を呼びつつも多くの追随者を生んだ。
こうしたフラメンコはさらに[[ジャズ]]や[[ブルース]]、[[ロック]]、[[サルサ]]等との融合し、ドラムやベース、キーボードや管楽器など様々な楽器を用いるによって「ヌエボ・フラメンコ」(新フラメンコ)と呼ばれ、[[パタ・ネグラ]]や[[ケタマ]]のように、フラメンコのファン以外にも広く知られるようなグループが生まれた。近年では[[フュージョン]]や[[ヒップホップ・ミュージック]]とフラメンコとの融合も行われている<ref>「世界の音楽大図鑑」ロバート・ジーグラー、スミソニアン協会監修 [[金澤正剛]]日本語版監修 p178 河出書房新社 2014年10月30日初版発行</ref>。
 
 
その他フラメンコ的な詩の朗読もフラメンコの芸の一つとされる。
現代においてはカホンやピアノ、フルートやバイオリンなどを用いてフラメンコを表現するアーティストも多数存在する
 
=== アーティストの呼称 ===
 
== フラメンコの鑑賞 ==
スペインでフラメンコを鑑賞するのに気軽なものとして、[[タブラオ]]とよばれるフラメンコのライブハウス兼レストランがある。飲食をしながら踊りを中心としたフラメンコのショーを楽しむことができ、公演も頻繁である。ただしあくまで一般の観光客向けである場合も多い<ref>「フラメンコ読本」p184-185 イスパニカ編 晶文社 2007年8月10日初版</ref>
 
時期よって、アンダルシアの街々では自治体主催のフラメンコのフェスティバルが開催され、一週間から大規模なものでは一ヶ月近く、大小さまざまなフラメンコのライブや講演会・展示会・クラスなどイベントがおこなわれる。これらは主に地元のフラメンコのファンのために開催されるため、著名なアーティストが多く参加して見ごたえのある内容となる<ref>「フラメンコ読本」p195-197 イスパニカ編 晶文社 2007年8月10日初版</ref>
 
また、より地元に密着したスタイルとしてペーニャ(Peña)が各地に存在する。これは愛好会・同好会のようなものであり<ref>「フラメンコのすべて」p239 有本紀明 講談社 2009年8月3日第1刷発行</ref>、会員の会費によってアーティストを招聘してライブを行う。ペーニャが、バルを併設した小さなホールを所有していることが多い。濃厚なフラメンコのファンが集まることが多く、よりローカルで濃密なライブを観覧できる可能性がある一方、非会員を歓迎しない場合もありうる。
 
フラメンコの鑑賞の中で最高のものは、ライブやショーよりも、フラメンコたち自身の私的なフィエスタであるとされる。