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== 研究・業績 ==
[[弥生時代]]を中心とした考古学研究に携わり、日本人の起源から衣食住にまでわたるその研究範囲は幅広い。分かりやすく<ref>考古学の成果をやさしく示すことを志している。考古学という学問についてわかりやすくやさしくすることが特にいま、とても大切なことだと思う。(佐原真「考古学をやさしくしよう」/金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事6 考古学と現代』岩波書店 2005年、248~274ページ。佐原は、[[戸沢充則]]「市民の言葉で考古学」を後で知る。</ref>面白い考古学<ref>考古学をやさしく、楽しく、という主張は、一般市民100人のうち考古学・歴史に関心を寄せる一人だけに通じる言葉で語るのではなく、のこる99人にとっても、分かりやすく、楽しくしよう、という主張である。佐原真「考古学を楽しくしよう」/金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事6 考古学と現代』岩波書店 2005年、278ページ</ref>を提唱し、考古学の普及啓発を積極的に推し進め、特に[[博物館]]の充実・設立に取り組んだ。また、[[吉野ヶ里遺跡]]の保存など考古遺跡の保存運動や史跡の整備<ref>遺跡を掘った後は、雨や霜で遺跡が壊れてしまうのを防ぐために埋め戻される。そこで、穴の中に砂を入れるなど遺跡が傷つかないように手当をして埋め戻す。その上に遺跡に充分配慮した上で復元建物を建てたり、盛り土で遺跡範囲を示したり、柱の位置を植樹で示したり、色々な工夫で遺跡訪問者に分かるようにする。このことを整備という。史跡整備を史跡のリハビリとよぶ専門家もいる。さらに、考古学をやさしく、楽しくする運動の中で一番遅れているのが府県市町村史であり、「市民の言葉で考古学」という立場で書かれているのでなく「研究者の、研究者による、研究のための出版物」になってしまっているという。(佐原真「考古学を楽しくしよう」/金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事6 考古学と現代』岩波書店 2005年)290-291ページ</ref>にも尽力するなど、自身の研究にとどまらない広範な活動を進めていった。
 
こうした佐原の研究・活動は、{{誰範囲2|日本考古学を新たな段階へ導いたと評価されている|date=2012年3月}}。
 
佐原は「ものを細かく観察する方法は[[山内清男|山内]]さんに育てられ、学問の組み立て方は[[小林行雄|小林]]さんに教わった」と述懐している<ref>金関恕・春成秀爾編『佐原真の仕事2 道具の考古学』の上原真人の解説</ref>。