「李璘 (唐)」の版間の差分

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{{基礎情報 皇族・貴族
| 人名 = 李璘
| 各国語表記 =
| 家名・爵位 =
| 画像 =
| 画像サイズ =
| 画像説明 =
| 在位 =
| 続柄 = [[玄宗 (唐)|玄宗]]第16皇子
| 称号 = 永王
| 全名 =
| 身位 =
| 敬称 =
| お印 =
| 出生日 =
| 生地 =
| 死亡日 = [[至徳 (唐)|至徳]]2載([[757年]])
| 没地 =
| 埋葬日 =
| 埋葬地 =
| 配偶者1 =
| 配偶者2 =
| 子女 =
| 家名 =
| 父親 = [[玄宗 (唐)|玄宗]]
| 母親 = 順儀嬪郭氏
| 栄典 =
| 役職 =
| 宗教 =
| サイン =
}}
'''李 璘'''(り りん、? - [[757年]])は、[[唐]]の[[皇族]]。
 
== 生涯 ==
第9代[[皇帝]]である[[玄宗 (唐)|玄宗]]の第16子で第10代皇帝[[粛宗 (唐)|粛宗]]の異母弟。母は順儀嬪郭氏。生母は幼時に死去したため、異母兄の粛宗に養育された。容貌が醜く斜視だったが、聡明で学問好きで、[[開元]]13年(741年)、永王に封じられる。宮中で育ったため、人事に疎かった。