「新潟市」の版間の差分

補足
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(補足)
 
== 概要 ==
[[File:NiigataCityOpenData kuusatsu002.jpg|thumb|300px|[[信濃川]]河口に位置する新潟市街(2007年撮影)<br />左岸側(画像右)が[[近世]]からの市街地([[古町 (新潟市)|古町]])で、[[新潟駅]]のある対岸側は旧[[沼垂町]]や旧[[鳥屋野村]]の区域。]]
[[ファイル:NiigataCity.jpg|thumb|200px|[[朱鷺メッセ]]より[[新潟島]]を望む。]]
[[1889年]]([[明治]]22年)[[4月1日]]の[[市制]]によって設置された市のうちの1つ。市の中心部にあたる[[信濃川]]河口部には、古くから[[港]]が開かれ、[[幕末]]の[[日米修好通商条約]][[条約港#日本|開港五港]]の1つとなった。現在でも水陸の[[交通]]の要衝である。
「都心」と位置付けられる地域は中央区にあり、信濃川両岸に跨って所在する<ref group="市">{{Cite web|url=https://www.city.niigata.lg.jp/shisei/tokei/toshikeikaku/masterplans/tokei_2018110715.html|title=新潟都心の都市デザイン|publisher=新潟市|accessdate=2020-03-30}}</ref>。
 
[[古町 (新潟市)|古町]]を中心とする左岸側([[新潟島]])は[[1655年]](明暦元年)の移転<ref>[[#新潟市通2|新潟市通2]]</ref> 以来の新潟の業務・物販・飲食などの複合的中心地である。[[古町通]]や[[本町通 (新潟市)|本町通]]、[[西堀通]]などは商業施設、商店街などが集まる地区で、[[花街]]の時代から続く歓楽街もある([[古町 (花街)|古町花街]]を参照)。一方、[[白山公園 (新潟市)|白山公園]]周辺には市役所や[[新潟県民会館]]、[[りゅーとぴあ]]などの公共施設・文化施設が立ち並ぶ。新潟島地区は古くからの市街地であり、かつ大規模[[空襲]]を受けておらず[[戦災復興都市計画]]が行われなかった(ただし[[新潟大火 (1955年)|新潟大火]]により建物は多くが焼失)ことから[[モータリゼーション]]への対応が難しく、後述する[[万代]]、新潟駅南などの影響を受けているものの、現在に至るまで中心市街地に位置付けられている。
 
右岸側の万代は、前述の古町・本町と新潟駅万代口のほぼ中間点に位置する地区である。大正末期の[[大河津分水|大河津分水路]]通水によって狭まった信濃川の流路跡が埋立地として開発された地区で、[[1929年]](昭和4年)に[[萬代橋]]が現在の3代目橋梁に架け替えられたのを端緒に都市開発がはじまり、戦後から本格的に開発が進められた。1970年代前半から[[新潟交通]]の路線バスの運行拠点跡の再開発事業の一環で、隣接する[[万代 (新潟市)#八千代|八千代]]地内に跨って大型商業施設の集中する商業エリアである「[[万代シテイ]]」と「[[万代シテイバスセンター]]」が整備され、主に若年層向けの商業地になっている。
| caption2 = 近世は[[在郷町]]として、近代以降は石油や鉄道のまちとして発展した新津([[秋葉区]])
}}
郊外には河川舟運の拠点となった[[在郷町]]に由来する古くからの集積地町場が多く分布し<ref group="市">{{Cite web|url=https://www.city.niigata.lg.jp/shisei/tokei/toshikeikaku/masterplans/compactcity_network.files/keikaku1-1.pdf#page=4|title=p.12 近世の在郷町|work=[https://www.city.niigata.lg.jp/shisei/tokei/toshikeikaku/masterplans/compactcity_network.html 新潟市立地適正化計画]|publisher=新潟市|accessdate=2020-09-04}}</ref>、現在でも多くの地域で定期市([[六斎市]])が開かれている<ref>{{Cite journal|和書|author=岡村治|date=1989|title=新潟県における定期市場網の地域的差異 ー市掛行動の分析を通してー|journal=人文地理|volume=41|pages=216-236|doi=10.4200/jjhg1948.41.216|url= https://doi.org/10.4200/jjhg1948.41.216}}</ref>ことや、県内他地域と同様に商店街に[[雁木造|雁木]]または片持ち式のアーケードが多く形成されている点が特筆される。
 
新潟市内の地域は [https://www.city.niigata.lg.jp/shisei/seisaku/seisaku/keikaku/toshiseisaku/tosimasu_top.html 新潟市都市計画基本方針] において[[都心]]、地域拠点、生活拠点、近隣拠点、機能別拠点などに分けて指定されている<ref group="市">{{PDFlink|[https://www.city.niigata.lg.jp/shisei/seisaku/seisaku/keikaku/toshiseisaku/tosimasu_top.files/mp_05.pdf 都市計画マスタープラン(区別構想)]}}</ref>。地域拠点は、中央区と東区を除く行政区に各一ヶ所ずつ指定、生活拠点は各行政区に複数ヶ所指定されている。中央区、東区、西区を除く地域拠点と生活拠点は、[[2005年]](平成17年)の[[新潟市の行政区域の変遷#周辺12市町村との合併|平成の大合併]]において編入した市町村の中心地である。
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