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{{出典の明記|date=2019-5}}
[[ファイル:Paddy fields on Japan 20070513.jpg|thumb|300px|right|田植え前の田]]
[[ファイル:Oryza sativa Rice sprouts ja01.jpg|thumb|300px|right|田植え後の田]]
[[ファイル:Paddy field 1-1.jpg|thumb|300px|right|夏の水田]]
[[ファイル:反射テープを張った田.jpg|thumb|300px|right|[[スズメ]]などによる食害を防ぐため反射テープを張った田]]
[[ファイル:Ine inaho.jpg|thumb|300px|right|秋の稲穂]]
[[ファイル:Ine karita.jpg|thumb|300px|right|刈田と[[稲木]]に架けた稲の天日干し]]
[[ファイル:Ta inekarigo.JPG|thumb|300px|right|刈田完了後の田]]
[[ファイル:Kuriya yasohachi 01.JPG|thumb|300px|right|鑑賞を前提に作られた田]]
[[ファイル:Shalizar1.jpg|thumb|300px|right|[[イラン]] [[マーザンダラーン州]]の田]]
[[ファイル:Rice fields Chiang Mai.jpg|thumb|300px|right|[[タイ王国]] [[チェンマイ県]]の田]]
[[ファイル:2012-04-28 Olevano Lomellina risaia.jpg|thumb|300px|right|[[イタリア]] [[ロンバルディア州]]の田]]
[[ファイル:Taro fields.JPG|thumb|300px|right|[[アメリカ]] [[カウアイ島]]のタロ芋田]]
 
'''田'''(た)は、[[穀物]]を栽培するために区画された[[農地]]をいう。'''田圃'''(たんぼ)、'''水田'''(すいでん)ともいう。
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=== 日本における田 ===
[[Fileファイル:Nakanishi Site (Gose) in 2019-1.jpg|thumb|300px|right|{{center|[[弥生時代]]前期の[[小区画水田]]遺構の例}}{{small|中西遺跡([[奈良県]][[御所市]])2019年(令和元年)11月[[発掘調査]]時。大畦畔(画像左端:手前から奥方向)の区画内(右側)において、幹線小畦畔(手前から奥方向)・支線小畦畔(左右方向)で水田群が区画される。}}]]
[[Fileファイル:Nakanishi Site (Gose) in 2019-2.jpg|thumb|300px|right|{{small|同上。1つの水田は幹線小畦畔(手前から奥方向)・支線小畦畔(左右方向)で区画される。水田内には当時の足跡も認められる。}}]]
 
「田」は日本では特に稲田を指すことが多いが、当初は、他の漢字圏と同様、日本でも田は穀物農地を意味する語だった。それが次第に稲田に限定して使用されるようになり、そのため、穀物などの農地一般を表す「[[畑]]」という漢字が作られた。
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== 農業形態としての田 ==
水を張っている田を'''水田'''という。山地で階段状になっている田を'''[[棚田]]'''(千枚田)という。また農耕をやめている田を'''休耕田'''という。何らかの理由で一時的に稲以外の作物を育てている田を'''転作田'''
 
また特殊な用途のために耕作されている田もあり、例えば、[[神社]]の[[豊穣祭]]などに供えるための稲を育てている田などもある。[[神田]]といい、[[江戸時代]]より前は[[年貢]]などの諸税が免除されたため、税から逃れる目的で、百姓が神社へ田を寄進し、各地に神田が設定された。[[東京都|東京]]に古くからある地名の「[[神田 (千代田区)|神田]]」は、これに由来するとされる。
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稲以外の穀物を作る[[畑]]を水の無い田と言うことで「[[陸田]]」と呼ぶこともあるが、基本的には「もとは畑であったが、現在は畦畔をつくり水を湛えるようにしてある土地」(『[[農地基本台帳]]記入の手引き』)を指す。
 
水田は、[[]](うねあぜ)で囲まれた面ということになであ、境の畝を畦畔(けいはん)と呼び、隣の田との境と、高低差を確保すること設け。水出入りの為は'''畦'''や'''畦畔'''排水口([[水口]])があり、それぞれが離れた位置の境設けが普通である。流量を規制するための板なり弁が設けらは'''溝畔'''と呼ば、水位を調整することが出来るようになっている。温度管理の為かけ流しを行ったり、溜ておいたりする用途に用いられる基本機能は、高低差の確保と水密性である。
 
水田の[[土]]は、表面から100mmから200mm程度の部分を'''耕土'''や'''[[表土]]'''、地域によっては'''ツクリ'''と呼び、その下に広がる部分は'''基盤土'''と呼ぶ。耕土は作物を育てるための栄養価や、作物が根を張り自立するためのある程度の粘度等が最低限必要である。畦は表土で作られることが多い。基盤土は田の基盤となるもので、水密性があり軟弱でない事が求められるが、地域や地形によっては[[礫]]や[[砂]]、[[シルト]]あるいは軟弱な[[腐植土]]や含水率の高い[[粘土]]である事があり、その場合の耕作は困難を極めるため、水密性を確保するために表土と基盤土を混ぜ合わせた層を作ったり、軟弱な土に対しては、[[暗渠]]を設けて脱水したり[[ベントナイト]]などを用いて改良したり、客土して良好な土と入れ換えたりすることがある。
[[農業機械]]が出入りするための乗り入れ路が付けられている場合もあり、[[コンバイン]]や[[トラクター]]が出入りできるようになっている。重機械が入る場合は、深いところまで耕すと機械が沈むので、一定の深さまでしか耕さないことがある。
 
[[灌漑]]のため、川・用水路あるいはため池などから水を取り入れるための取水口と、水を排出するための排水口([[水口]])があり、効率を上げるためにそれぞれが離れた位置にあるのが普通である。流量を調整するための板なり弁が設けられ、水位を調整することが出来るようになっている。温度管理の為にかけ流しを行ったり、溜めておいたりする用途に用いられる。山間部の{{湧水}}や沢水で耕作する場合、水温が低すぎるのを解消するために、水田内に小さな畦を築立して水路とし、水温を上昇させてから耕作エリアに引き込む工夫がされる場合がある。
平地で大きな面積を確保できる場合も、一定の面積で区切ることが管理上有効であり、面積の単位としての「[[面積|反]](たん)」が田んぼの一枚であることが多い。1反で300坪。
 
[[農業機械]]が出入りするための乗り路がけられている場合あり、[[コンバイン]]や[[トラクター]]がスムーズに出入りできるようになっている。重機械が入る場合は、深いところまで耕すと機械が沈むので、一定の深さまでしか耕さないことがある。
 
平地で大きな面積を確保できる場合も、一定の面積で区切ることが管理上有効であり、面積の単位としての「[[面積|反]](たん)」が田んぼの一枚であることが多かったが、農業機械の普及やその大型化によって、作業効率を向上させるために、あるいは管理の手間を少なくするために、ほ場整備が行われる場合では、3000平方メートルから10000平方メートルの区画とするのが主流である。条件によっては30000平方メートルを越えるものも存在する。但し水田では水を均一に行き渡らせかつ排水する必要があるため、大きな区画では高度な耕作技術が必要となる。
 
稲を植えることを[[稲作#手順|田植え]]という。かつては田に長い糸を張り、糸に沿って手で稲の苗を一本ずつ植えていた。非常に重労働であるため、江戸時代には近隣の者を雇って田植えを行うことが盛んだった。[[第二次世界大戦]]後は[[田植え機]]が普及し、田植え作業はほぼ機械化された。ただし、田の隅部や小さい田などの機械で田植えできない箇所は、いまだに人力で田植えが行われている。
 
[[不動産]]としての土地の地目としては「田」であることが多く、日本では取引に際して[[農業委員会]]の許可が必要な場合があり、買い受けるには一定の資格が必要である。宅地など他用途への転用については農地法での転用の手続きが必要であり、休耕田を勝手に埋め立てて、他用途転用してはならない。
 
日本では、[[減反政策]]や宅地化により、水田の面積は減少傾向にある。
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== 環境としての田 ==
[[ファイル:ネパールの千枚田.jpg|thumbnail|300px|right|[[ネパール]]の[[千枚田]]。治水効果が高い。]]
水田耕作は日本各地の主要な農地の形態であり、多くの地域で大きな面積を占めていた。春から夏にかけての雨の多い時期に、これだけの広さの水溜を持っていたことになる。雨は直接に川に流れ込む前に水田を通過することで大量集中することを免れ、[[治水]]効果は大きいものと言われる。